万葉のボー

あ・・・

ひとつ、ふたつ、みっつ

じっと耳を澄ませて

鼓の音を数える

万葉のボー

万葉人と昭和がつながった。

時計を持たない古の人々と昭和の子ども、

意外な共通体験がありました。

音で、時を、知っていたのです。

今朝の北海道新聞の読者クラブ面で興味深い記事を見つけました。

国学院道短大教授の月岡道晴先生による連載特集「万葉記紀」。

今回のテーマは「万葉びとと時」だったのですが、

飛鳥・奈良時代の人々は時刻を「鼓の音」で知ったのだそうです。

大和朝廷は大陸から律令制を取り入れ、文字と法による統治を進めましたが、

それは「『時』をも管理し始めた時代だった」のだとか。

日本書紀に斉明6年(666年)に中大兄皇子が「漏刻」という水時計を

製作させという記述があり、官僚の勤務時間もこの漏刻で管理、

万葉びとも万葉式タイムカードで出勤チェックされていたらしい。

律令では天文や暦、占いを司る役所「陰陽寮」に

時刻を司る「漏刻博士(はかせ)」2人を置く規定がありました。

現代風に言えば「時刻担当特命大臣」というところでしょうか。

この博士が漏刻で時刻を計り、交代制の「守辰丁(ときもり)」に

鐘や鼓を打たせ、時を人々に報せたのだそうです。

それまでは農作業などで経験的に時を推し量るだけだった社会に

はじめて「時間が計測可能になった」のが、万葉の時代だったのですね。

時や時刻や時間間隔などさほど気にせずにいられた人々の暮らしに

それは革命にも近い劇的な変化をもたらしたのではないでしょうか。

「時守が打ち鳴らす鼓数みみれば時にはなりぬ逢はなくも恠し(あやし)」。

月岡先生が万葉集から引用された作者不詳の歌です。

「時を知らせる鼓の数を数えれば、とっくに待ち合わせの時刻なのに、

なんで来ないの、ったくもぉ~、ぷんぷんっ」てな意味ですよね。

そうです、デートに遅刻、という概念も生まれちゃったわけですね~(笑)

それまでは、時は曖昧な共通認識によるものでしたから、

「月が出る頃にね」とか「夕陽が沈む頃にね」とか、

たぶん待ち合わせの約束にも相当幅があったでしょうが、

時守が時刻を鼓で打ち鳴らすのですから、これはヤバい(笑)

特にのんびりやさんの万葉人は焦ったでしょうなぁ。

朝廷に努めるお役人も、待ち合わせした恋人たちも

時を知らせる鼓の音に耳を澄ました万葉の時代、

ふと、遠い昔、昭和の子供時代のある場面が重なってきました。

鉄の街室蘭、遊びに出る私に母はいつもこう言ってました。

「4時のボーが鳴ったら、帰ってくるんだよ」。

高度成長時代の室蘭、もくもく煙をはく大きな製鉄工場から

三交代勤務の交代時刻を知らせる重い音のサイレンが鳴らされていて、

ちょうど夜勤と交代する16時=4時のサイレンが鳴る時が

子どもたちが遊びを切り上げて家に帰る時間だったのです。

それが、「4時のボー」。

万葉びとは、鼓の音。

昭和のおかっぱ頭は、4時のボー。

千年以上も時代は離れているけれど

どちらも腕時計もスマホもなかったわけで

大切な時刻は誰かが鳴らす音が知らせてくれた。

もしもタイムスリップができるなら、

時を知らせる鼓の音、万葉のボーを聞いてみたいな。

遅刻ばかりで恋人にふられそうなのんびりやさんには

スマホなどお土産に持っていこうか(笑)

(写真は)

今年のもりもとの

お正月を寿ぐ上生菓子。

万葉人のお土産にもいいね♪