ただの人

よく遊び

よく学び

よく遊び

4年で出ちゃった

ただの人

今朝の北海道新聞「卓上四季」の冒頭で

クレージーキャッツの「悲しきわがこころ」に触れていました。

昭和初期の大学8年生の悲哀を歌った曲をひきあいに

8年目を迎えた泊原発再始動の審査に関して書かれていたのですが、

「大学8年生」という言葉に、ある場面が蘇ってきました。

受験の冬を乗り越えて入学した春の大学キャンパスでのこと。

これからの学生生活に胸膨らませる新入生を前にある教授がこう言ったのだ。

「『中退一流、留年二流、4年で出るのはただの人』ってね、

まあ、早稲田はね、昔からね、こう言いますからね、

あんまりクソ真面目に勉強しなくていいから、

いっぱい色々体験してください」。

いや、実際に「クソ真面目」と言ったかどうかは定かではありませんが(笑)、

よく遊び、よく学び、よく遊ぶ、自由なワセダ的校風を

緊張気味の新入生へのエールとして話したくれたことを鮮明に覚えてます。

特に強烈に記憶に残ったが『中退一流、留年二流、4年で出るのはただの人』。

大学の教授が、入学したての新入生にこんな言葉を送る大学って、

いやはや、なんとも、大らかな大学に入っちまったもんだ(笑)。

まあ、確かに、昔から早稲田出身の有名人には中退の人が多いしね、

実際、その後、同学年には二浪二流とか、三流などなど、

大学6年生、7年生というツワモノが存在していましたっけ。

あれから40数年の歳月が流れ、

『中退一流、留年二流、4年で出るのはただの人』なんて

学費負担をとりまく経済的環境とか現役有利な就活状況などを考えると

今の学生さんたちからすれば、ちょっと理解不能な言葉かもしれません。

ましてや、去年の春入学した1年生は収まらない感染状況から

一度もキャンパスに通えずに2年生になってしまいかねないわけで。

さまざまな出会い、体験、学びの場を奪われた彼らからすれば、

昭和のキャンパスライフなど夢のまた夢に等しいわけで。

古き良き時代に私自身は4年で出ちゃった「ただの人」。

そんな「ただの人」の4年間の学生生活がどれほど幸福だったのか、

せっかく大学に入ったのに、友だちもできない、教室でお喋りもできない、

学食でランチもできない、授業をサボってカフェへ行くこともできない、

学びに付随するさまざまな体験を奪われている彼らが

本当に本当に可哀そうでならない。

受験の季節。桜咲く春をめざして頑張る受験生にも

オンラインで学びを深める現役学生さんたちも

若者が安心して学べる春が、どうか来ますように。

「ただの人」は祈るばかりの、冬です。

(写真は)

今年の初詣で訪れた

雪の中の北海道神宮。

受験生の母時代、

何度もお願いに通ったなぁ。