一瞬の名月

今宵は

もう会えぬと

あきらめていたのに

夜明けの空に

一瞬の名月

昨夜は十五夜。

旧暦の八月十五日、仲秋の名月を愛でるはず・・・でしたが、

札幌は曇り空、夜になっても分厚い雲に覆われ、満月のかけらも見られず(涙)。

今宵はもうお月さまには会えないのねとあきらめ眠りについたのでした。

が、今朝の明け方、早朝出勤する夫に起こされました。

「お月さま、出てるよ!」

寝ぼけ眼でバルコニーの窓を開けて西の空を見ると・・・

ぽっかり。

それはきれいな満月がまだ暗い円山の上空に出ているではありませんか。

ほのかなレモンイエローに輝く月の下にはひと筋の雲がたなびき、

まるで一幅の日本画のように美しい構図を描いています。

あわててスマホで写真を撮り、心静めて月に祈りました。

身の丈の幸福と、ウィルス感染症の終息を。

もう今年は会えないと思っていた仲秋の名月にご挨拶できて

本当に良かった、なんだかほっとしたわ~と

コーヒーを淹れ、果物とヨーグルトなど朝のルーティン準備。

1時間ほどして少し明るくなった空をもう一度見上げると、月は、もういない。

一面のダークグレーの雲に覆われてまったく見えなくなっていました。

まさに、一瞬の名月だったのね。

あ~、ここで、一句・・・出ない、のが凡人、悲しい。

なので、敬愛する俳人正岡子規の句集を開く。

初句索引で「名月」の項を探していくと・・・う~ん、沁みる。

「名月やわれは根岸の四畳半」

明治26年の一句。帝国大学文科大学を退学した26歳の子規が

この頃住んでいたのは上根岸町88番地金井ツル方。

2軒隣の上根岸町82番地の家、現在の子規庵に転居する前年の作品ですから、

「根岸の4畳半」とはツルさん方の4畳半。

ダイナミックで雄大な満月から

一転、視点をパンして、つましい我が家の四畳半を活写する。

悠久の宇宙と市井の人の暮らしを一瞬で描き切る俳人の目線は

映画やドキュメンタリーのカメラワークに通じるものがある。

月と四畳半を17文字で描き切る才能。凄い。

失礼して、十五夜が明けた朝に

凡人もパクらせていただきます。

「名月やわれは北都の3LDK」

あ~、すみません!

子規さん、子規ファンの皆さん、忘れて下さい(笑)

お口直しに子規句集から明治27年の一句を。

「芋坂も団子も月のゆかりかな」

甘いものが大好きだった子規らしい作品。

旧芋坂の羽二重団子の本店にはこの句を刻んだ句碑がありましたっけ。

月と団子と子規さんのことを書いていたら、

昨夜、お月団子を食べ忘れたことを思い出した。

今宵は十六夜の月を愛でながら、

さあ、何食べよう♪

(写真は)

十五夜明けの西の空

ぽっかり浮かんだ

一瞬の名月。

名月や・・・