笑えれば
笑いを
自ら封印
そんな時代が
あったなんて
とにかく笑えれば
今日8月15日は終戦の日。
75年前に戦争が終わった、はずなのに、
今年、2020年の春から、世界のリーダーたちの口から
勇ましい言葉が聞かれるようになりました。
ある国の大統領は「我々は戦争状態にある」と語り、
ある国の主席は「人民戦争」だと人々を鼓舞し、
ある国の総理も「共に力を合わせればウイルスとの戦いに
打ち勝つことができる」と国民へメッセージを送りました。
「コロナ禍」(あまり好きな言葉ではありませんが)を
戦争に例える表現を耳にするたびに、重苦しい気持ちになります。
世界で8千万もの命が失われた第二次世界大戦を経て、
もう二度と「戦争」はしないと誓ったはずなのに。
テレビで「コロナに負けるな」などの表現を耳にするたび、
なんともいえない違和感をどうしても感じてしまいます。
感染した人たちは、負けなの?って思ってしまう。誰が勝者なの?
感染症対策は戦争ではないし、ウイルスに勝ち、負けもないと思う。
どうやって社会の健康を守り、維持していくかの知恵比べ、根気比べであり、
そのために自分たちも学び、考え、懸命に日々を積み重ねるしかないんだと思う。
戦争は色々なものを奪っていく。
今朝の天声人語で「はなし塚」のことに触れていました。
昭和16年、軍部統制色が濃くなった時代、時局に合わない落語として、
廓やお酒もお妾さんの噺など53種の台本とが扇子とともに、
東京浅草の本法寺に建立した「はなし塚」に埋められたのです。
53の禁演落語の中には「明烏」「五人廻し」「木乃伊取り」など
江戸文芸の名作とされた噺が含まれていて、
戦後、昭和21年に堀り返されるまで高座で演じられることがありませんでした。
戦争は庶民の笑いも封じ込めていったのですね。
本法寺のHPには「はなし塚」の歴史が紹介されているのですが、
石碑の裏面に刻まれていた文言を読んで少し驚きました。
「東京落語家全員は・・・53種の落語禁演を自粛協定して・・・」
落語家自らが「時局に合わない」落語を「自粛」していたのでした。
それほどに当局の取り締まりが厳しかったということなのでしょう。
全てがお国のためという名の下に
笑いを求める人々に、笑いを提供することすら憚れる時代。
笑いを届けたいのに・・・「自粛」せざるを得ない。
戦争とコロナ禍は違うのに、何故だろう、重なるところがある。
しかし、笑いは、復活した。
昭和21年9月30日、禁演落語の復活祭が行われ、
再び寄席は人で埋まるようになっていったのです。
とにかく笑えれば、戦後の復興を、笑いが支えていった。
本法寺は東京大空襲で本堂が焼け落ちてしまいましたが、
なんと「はなし塚」だけは無傷で残っていて、毎年8月31日には
封印された笑いと先人の労苦を偲ぶ法要が行われているそうです。
戦地に駆り出され高座に戻ってこれなかった噺家も、いました。
とにかく笑えれば。
勇ましい言葉は、いらない。
とにかく笑えれば、
きっと知恵がわいてくる。
(写真は)
終戦の日。
北海道のトーキビが
ずんずん甘くなる晩夏

