雛の旅

乗り物は

小さな俵のお船

おともは桃の小枝に椿に菜の花

どこを目指すや

雛の旅

今日は弥生三日、お雛祭りです。

「飾らないの?」

昨夜、夫からかけられた一言ではっと思い出しました。

「あ・・・そうだった・・・明日、お雛様、だった~(汗)」。

そうです、コロナ、コロナと、心を奪われ、

大切な女の子のお祭りをすっかり忘れていたのです。

大変だ、我が家の可愛い豆雛さんたちをすぐにお出ししなくては。

「出して、出して~」と仕舞っていた黒漆のつづらの中から

豆雛さんたちの小さな小さな声が聞こえた、ような気がした(笑)。

ごめんね、雛祭りイブの夜に慌てて出すなんて、ホント、ごめんね。

身の丈が小指の爪ほどの可愛い可愛い豆雛さんに平謝り。

我が家のお雛様はちっちゃいちっちゃいお内裏様と三人官女が

5人セットで緋色のお座布団に座っている豆雛と

ちっちゃいちっちゃいお内裏様が銘々座っている豆雛の二組。

総勢7人の変則編成(笑)ですが、

黒漆のお皿に7人がちんまり座っているさまは何とも愛らしくて、

眺めているだけで頬が緩んできます。

色々ある今年は特にお雛様に癒されますねぇ。

あ、そうだ。もう一組もお出ししなくては。

今朝の北海道新聞でも紹介されていた用瀬(もちがせ)の「流し雛」です。

鳥取県用瀬町に伝わる昔ながらの「雛送り」の主役となるお雛様。

藁で編んだ米俵のふた「桟俵(さんだわら」のお舟に

男女一対の紙の雛人形が載せられた素朴なもの。

確か、東京の京橋あたりの民芸品店で

7人の豆雛さんと一緒に見つけたような記憶があります。

「もちがせの流し雛」は旧暦の三月三日、に

桟俵に乗った紙雛に桃の小枝と椿の花や菜の花を添えて

災厄を託して千代川(せんだいがわ)に流し、

無病息災、幸せを願う情緒豊かな伝統民俗行事で

昭和60年に県の無形民俗文化財に指定されています。

もともとは物忌みの行事で紙などで人形(ひとがた)を作り、

それで体を撫で、災いを人形にうつして川に流す行事から生まれた風習。

源氏物語にも源氏の君が祓いをして人形を船に乗せ須磨の海に流す場面があり、

雛流しそのものの原型は平安時代に遡るといわれているそうです。

現代のように科学や技術も発達していないその昔、

気象衛星も電子顕微鏡もコンピューターもなかった時代、

台風など天災の予測もできず、疫病を引き起こす正体もわからず、

災いや病への恐れや不安を紙の人形にうつして川や海へ流したのですね。

・・・いや・・・疫病への恐怖は・・・現代も同じだった。

正体不明いまだ治療もワクチンもない未知のウィルスの出現を前に

私たちは光源氏と同じような不安、恐れを感じているわけで。

だからなのか・・・素朴な紙のお雛様の表情が胸に沁みる。

桟俵の舟に乗って桃の小枝や椿や菜の花をおともに、

小さな紙雛は人々の願いを託されてどこへ旅するのだろう。

桟俵は神様と人の交わりの道具として古くから用いられてきたとか。

どうか神様から新型コロナの弱点を聞き出してきておくれ。

雛の旅に無病息災を祈る弥生三月。

(写真は)

用瀬の流し雛。

本当は川に流してあげるべきなのに、

愛らしくて・・・流せない(笑)