おいしい記憶

食べたものと

お天気さえ

書いておけば

幸せがよみがえる

おいしい記憶

ノーベル文学賞、芥川賞、直木賞、

江戸川乱歩賞、三島由紀夫賞、本屋大賞などなど

世に文学賞は数あれど朝刊で実に美味しそうな賞を見つけました。

第1回「日本おいしい小説大賞」♪

日常は「おいしい」言の葉に満ちている。

受賞作の一部や審査員のコメントを読んでいると

自分自身のおいしい記憶が呼び覚まされてきました。

幸せや笑顔は「おいしい」とつながっているのですねぇ。

ちなみに第1回の受賞作はサ高住で働く28歳の主人公が

料理をきっかけに親しくなった入居者に導かれ、

コンプレックスや悩みに向き合い、新たな道を切り開くという内容。

紙面に掲載されていたのは、遠足の度に祖母が作ってくれた、

醤油色のおかずと桜でんぶと卵そぼろのお弁当の描写。

「甘辛く煮たおからに椎茸、切干大根、鱈の生姜焼き。」

素朴なおかずの横にはピンクの桜でんぶと

菜の花のような鮮やかな黄色のそぼろの二色ごはん。

「春という季節の思い出が凝縮されたような味」が

今は無性に恋しい、と綴られていました。

醤油色のおかずと桜でんぶと炒り卵・・・。

春の遠足にでかける孫のために朝早くから台所に立ち、

心をを尽くしてこしらえたおばあちゃんのお弁当。

うわぁ~ん・・・孫じゃないけど(笑)、

なんか、鼻の奥がツンとする、泣けてくる。

ふと・・・鼻腔に・・・甘辛く煮含めた椎茸の匂いが蘇る。

ちらし寿司や鶏肉そぼろごはんに欠かせなかった甘辛椎茸。

お祭りやお誕生日やお祝い事のある日の台所には

母が丁寧に煮含めた椎茸の匂いがしていたものだ。

あの魅惑的な匂いは「おいしい記憶」に直結している。

審査員の小説家山本一力さんが

「食べ物は記憶の導火線かもしれません」と話していました。

池波正太郎さんがその日に食ったものとお天気さえ書いておけば、

記憶がつるつると出てくる、と言っているそうです。

甘辛く煮た椎茸の匂い・・・夏の夕方・・・曇り空。

「範子のには、紅生姜、のせてないからね」。

そんな若き母の言葉が・・・つるつる・・・蘇ってくる。

夏の室蘭名物、ガスがかかった夏祭りの夕方の記憶だ。

紅生姜がキライな娘のちらし寿司には、

その代わりに甘い桜でんぶがたっぷりかかっていた。

そうだ・・・あれは春の晴れた日だった。

遊びに連れて行ってくれた親戚のおじさん、おばさんに

人生初の「パフェ」というものを食べさせてもらった時のこと、

どこの食堂なのか、喫茶店なのか、レストランなのかは覚えていないけれど、

窓からこぼれる春の日差しと生まれて初めて口にした生クリームの衝撃は忘れない。

アイスクリームだと思って口に入れた時のインパクト。

ほえっ???冷たくない、生温かい、甘い、うまい、とろける~!!!

生クリームの常温にまず驚き、そのミルキーさに卒倒しそうになった。

この世にこんなおいしいものがあるなんて。

茫然としたおかっぱ頭に春の日差しが優しく微笑んでいた、と思う(笑)。

そうだ・・・そして・・・そのとき、ちょっとだけ感じたんだ。

お父さん、お母さんのいないところで、

生まれて初めてこんなおいしいモノを口にしてしまったことに、

どういうわけか・・・ほんの少しだけ・・・後ろめたいような・・・

何とも言えない・・・不思議な感情がわいたのだった。

家に帰っても、あまりこのことを美味しそうに報告してはいけないような、

なんだか、そんな気持ちになったことを・・・今、思い出した。

おじさん、おばさんの好意でご馳走してもらったわけで、

別に悪いことをしているわけでもなんでもないのに、なんだろう。

親の知らないところで、おいしいものを体験してしまったことが

子供心に、なんだか申し訳ないような、そんな気持ちになったのだ。

それは、きっと、生まれてからずっと、

おいしい記憶は両親とつながっていたからだろう。

人生初のおいしいモノは、親から与えられてきたわけで、

それだけ、アタシの子供時代は、幸せだったってことだな。

おいしいものは、

家族と分かち合いたい。

おいしい記憶は、

大切な人々とつながっている。

(写真は)

椎茸つながりで(笑)

「椎茸の和的ゼゴビア風」

スペインのゼゴビアの名物タパス、

マッシュルームのゼゴビア風をアレンジ。

生椎茸にネギ味噌マヨを詰めてグリル。

めっちゃ美味。おいしい記憶がまたひとつ。