のせない幸せ

具とご飯は

あえて別々に

食べる人を

思いやってきた

のせない幸せ。

ああ・・・懐かしい。

今朝の北海道新聞「心温かこのひと味」なる企画記事と写真に

胸キュン・・・一気に昭和の子供時代の思い出がよみがえりました。

取り上げられていたのは室蘭の「カツ丼」。

「カツ丼」なのに、

丼のご飯の上にカツが載っていない。

卵でとじたカツ煮とご飯が別々に運ばれてくる、

いわゆる室蘭方式の「カツ丼」であります。超懐かしい!

生まれ育った輪西のあのお店の名物カツ丼でありました。

地元で昔から愛されている「小がね 輪西店」。

創業は1958年、昭和33年といえば、鉄の街室蘭が

高度成長期の波に乗り繁栄のピークに向かい始める時期。

人口の増加と共にお店も繁盛、出前の注文もひっ切りなしに入るなか、

自然発生的に生まれたのが別盛り方式のカツ丼。

元々は輪西店店主の叔父さんである「小がね」創業者が

中島町にあったお店で別皿での提供を始めたそうですが、

「理由は伝わっていない」とか。

ちまたではトンカツが大きすぎて丼にのらないから、

などの説が流れていますが、どうやら都市伝説(笑)らしい。

が、ひとつの見解が今朝の記事に載っていました。

なんでも、輪西店では当初カツを載せたカツ丼を出していましたが、

当時盛んだった出前の場合、お客さんに届くまで時間がかかるため、

ご飯にたれが染みすぎてしまう。これを避けるため、

作り立てに近い状態で食べてもらおうと、別皿にした、らしいのです。

カツ煮を別盛りにすれば、

お店でも出前でも出来立てに近い状態で食べられるし、

別皿のたれを好きなだけご飯にかけて「つゆだく」も楽しめる。

アンチ「つゆだく」派もお好みの加減で食べられるわけで、

あえて「のせない幸せ」が詰まった室蘭方式のカツ丼、

これは鉄の街のもうひとつの産業遺産といっていい(笑)

懐かしいなぁ~、輪西の小がねさん。

子供の頃、お給料日の家族そろっての外食が楽しみでした。

洋食屋さんやお寿司屋さんなどに「ご馳走」を食べにいったものです。

ある日、何の理由か忘れたけれど、母が用事で家にいないことがあり、

ああ、今日はお出かけ、ないなぁ~としょげていました。

ところが、日頃は無口な父が、

「よし、お父さんと、小がね、行くか?」と張りきり、

姉と3人で輪西店へ出かけたのです。

正直、子供心に洋食屋さんの海老フライや、

お寿司屋さんの穴子卷の方が良かったな~と思ったけれど、

不器用な父の一生懸命さに「わ~い!」とはしゃいだ記憶があります。

そうだ、あの日食べたのは、のせないカツ丼だった。

母のいない外食は初めて。

お喋りとは言い難い大正生まれの父と姉と3人の食事。

さして盛り上がらない(笑)会話をつなごうと

おかっぱ頭のアタシは「おだって」いたっけ。

(北海道方言の「おだつ」=調子にのる、はしゃぐ)

父が亡くなって10年になろうというのに、

今でもくっきり、のせないカツ丼を一緒に食べた日のことを、覚えている。

子供とのコミュケーションを上手にとれるイクメンでは全然なかったけれど

そんな父の不器用な愛が、時折、温かくフラッシュバックしてくる。

思春期の頃、友人関係に悩んでいたとき、

「考えすぎるな」と、ぽつんと一言かけてくれたこと。

ハードな仕事が続き、心身共に疲労していたとき、

「ゆっくり、休め」と和菓子を差し入れてくれたこと。

のせない幸せ。

室蘭方式のカツ丼には

言葉少ない父の愛が

今でものっているのだった。

(写真は)

雪をのせた(笑)

大倉山シャンツェ。

いつもの年より

ちょっと雪は少なめ。