できることから

ささやかだけど

できることから

はじめよう。

沖縄の宝を

もう一度。

首里城の火災から3日。

出火原因の特定、焼損を免れた収蔵美術工芸品の運び出し、点検など

関係機関によるさまざまな動きが始まっています。

黒焦げの首里城に向かって手を合わせに来る人の姿も絶えないそうです。

首里城再建に向けて国も財政負担を含めて最大限の支援を表明、

沖縄県知事は復帰50年にあたる2022年度をめどに

再建計画を策定したいとの意向を明言しました。

沖縄の宝をもう一度。

首里城の再建に向けて行政、メディア、企業、個人による支援の輪も

広がってきました。海外からもエールが寄せられています。

募金の窓口を調べようとスマホ検索していたら、

沖縄の新聞に印象的な一枚の写真が掲載されていました。

「『奇跡の龍柱』 黒焦げで立つ」。

全焼した正殿前で実況見分する消防職員とともに写っていたのは

黒焦げになりながらも焼け残った2本の龍柱。

首里城には玉座の龍柱をはじめとして33体の龍の装飾がありましたが、

そのほとんどは今回の火災で焼失、跡形もなくなった焼け跡に

正殿前の大龍柱2本だけが、すっくと、立っていた。

ほんとに・・・奇跡の龍柱だ。

正殿前の大龍柱もこれまで火災や戦火によって3度破壊されていて、

現在の大龍柱は1992年に首里城とともに再建された4代目。

しかし残された資料も少なく、龍柱が正面を向いていたのか、

向かい合っていたのか、論議を呼んだそうですが、

1768年に制作された首里城の設計図

「百浦添御殿普請附御絵図御材木寸法記」を基に

2本が向かい合う形となったそうです。

この大龍柱の考証、制作した琉球彫刻の大家であり、

琉球大学名誉教授の西村貞雄氏によれば、

龍柱の向きには風水の思想と仏法の心から合わさっていて

正面を向いた形は「威嚇」や「衛兵」を意味し、

向かい合う形には「許される事」が意味されているそうです。

炎に包まれ黒焦げになっても焼け残った2本の大龍柱。

お互い向かい合って、誰を恨むことなく、許し合っているのですね。

そうだ、このお城は、戦うためのお城ではなかった。

500年続いた琉球王国は軍隊を持たず、代わりに音楽隊、舞踊隊を持って、

誇りある美しい独自の文化で各国と外交を重ねて繁栄したのだ。

首里城は威嚇する城ではなく、訪れる人を受け入れる場所だったんだ。

ラグビーW杯は南アフリカが優勝しました。

かつて自国開催で初の優勝を成し遂げて祖国にワンチームの心をもたらした、

マンデラ大統領が当時の首相に語った言葉も「許し合うこと」でした。

27年間に及ぶ獄中生活に中で学んだことは、許し合うことだ。

どんな困難な状況になっても、誰かを恨むよりも、

自分が自分の魂の指揮官となるのだと。

お互いに向かい合う黒焦げの龍柱。

その写真を見ていると、なんだか勇気が湧いてくる。

ささやかでも、できることから、はじめよう。

遠い北海道から、本当にささやかだけど、火災の翌日、

札幌のわしたショップで沖縄のお菓子を買ってきた。

素朴なタンナファクルー。

ちんすこうに紅芋まんじゅう。

宮廷菓子のくんぺん。

ちょっと、涙の、味がした。

(写真は)

わしたショップで買った

沖縄のお菓子たち。

食べて、お買い物して、募金して。

できることから、はじめよう。

いつも、沖縄を思っているよ。