憧れの五棧樓仔
時を超えて
現代に蘇った
昭和レトロな百貨店。
展望台、喫茶室、流籠。
ああ憧れの五棧樓仔。
2019秋の台湾食い倒れ旅2日目は古都台南へ日帰り旅。
雨の台北を逃れて台湾の新幹線「高鐵」に乗って1時間45分、
北回帰線を超えて熱帯圏の「台湾の京都」台南へ到着。
眩しい太陽と青空と真夏の気温が出迎える中、
台南のシンボル「赤崁城」で激動の歴史を体感、
食の都台南ならではの絶品小吃を3店を食べ歩きました。
絶品パパイヤミルク「木瓜牛乳」で喉を潤した後は、
清代の面影を今に残す「神農老街」を散策、
伝統産業である台南帆布のサードウェーブ「廣富號」で
超ハイセンスな帆布トートも自分土産に無事ゲットできました。
さあ、充実の台南日帰り旅もいよいよ最終コーナー、
台南ショッピングの総仕上げと参りましょう。
「廣富號」を後に歴史ある商業ビルが立ち並ぶ忠義路二段を南下、
中央に孫文の像が建つ民生緑園から伸びる中正路が交わる角に
おおお~~~!これはこれは威風堂々!
周囲を圧倒する存在感のある歴史的建築が出現。
この堅牢かつ洗練された昭和レトロなデザインの建物こそが、
めざす「林百貨」であります。
「林百貨」=中国語では「リンパイフォ」、
台湾語で「ハヤシパーヘー」と呼ばれる日本統治時代の百貨店、
1932年に開業した「ハヤシ百貨店」を復活させた、
台南リノベーションのシンボリックな商業空間なのであります。
戦前の華やいだ時代の象徴であったデパートが
さまざま時代を経て80年ぶりに現代に蘇ったのでした。
ハヤシ百貨店が創業した1930年代は台湾の近代文明の幕開けの時代。
台南に電気、鉄道、水道などインフラ設備が整備され、
大正デモクラシーの自由で闊達な風潮のもと文化芸術が花開き、
さらに華やかな昭和モダンの時代へと引き継がれていく1932年、
山口県出身の日本人実業家林方一氏が当時の台南市末広町二丁目、
現在の忠義路二段付近に台南初の百貨店を創立しました。
明治16年(1883年)、生まれの林方一氏は両親を早くに亡くした苦労人、
明治45年(1912年)台湾に渡り、持ち前のバイタリティーと経営力で
小さな商店から事業を成功させ、ついに1932年12月15日、
当時の「銀座通り」と呼ばれていた台南の目抜き通りに
南台湾発初の百貨店開業にこぎつけるのですが、
実は林氏本人はその直前に病に倒れ、
華やかな夢の百貨店の開業を目にすることなくこの世を去ったのだそうです。
当時の最先端技術を駆使した堅牢で鉄筋コンクリート建築。
台南の街を一望できる屋上の展望台、華やかな喫茶室、
台南唯一のエレベーター「流籠」や手動シャッターなどを備えた
昭和モダンの魅力が凝縮されたハヤシ百貨店は
台南が自由と活気に満ちた古き良き時代のシンボルでしたが、
第2次大戦の敗戦によって廃業、閉鎖されてしまいます。
戦後は国民党政府の施設として利用された時期もありましたが、
1980年代以降は空きビルとなり長らく放置されていた建物が
1998年に市定古跡に認定、台湾中に広がったリノベーションブームの波に乗り、
2014年、80年の時を経て当時の内装などを忠実に再現した商業空間、
「林百貨」として現代に蘇ったのでした。
現在はMIT(メイドイン台湾)の文創商品(クリエイティブグッズ)や
台南の特産品、台南ファション、台湾デザイナーの雑貨など、
台南のお土産探しには欠かせない人気ショッピングスポットとなっており、
自らの夢の集大成を見ることなくこの世を去った林方一氏も
南国の空の上から目を細めて80年後の「ハヤシ百貨店」を
嬉しそうに眺めているのかもしれませんね。
日帰り旅で駆け付けた旅人も
忠義路と中正路の交差点に立って
現代に復活した昭和モダンな百貨店の歴史物語に
しばし思いを馳せるのでありました。
開業当時、台南の人々から「五棧樓仔「(ゴーツァンラウラー)」
=「五階建てのビル」という愛称で親しまれていた林百貨店。
当時の台南で最も高い6階建てなのですが、最上階の面積が小さく、
五階建てに見えたためにそう呼ばれたのだそうです。
ホントは6階建ての「五棧樓仔」。
時を超えた歴史物語が凝縮された林百貨。
さあ、台南日帰り旅最終コーナー、
魅惑の店内リポートは明日へと続きます♪
(写真は)
80年の時を経て
現代に生まれ変わった「林百貨」。
確かに・・・五階建てに見えるよね(笑)
昭和モダンな「五棧樓仔」♪



