万葉てふてふ
あの時代に
キミはいなかったのか?
春の野をひらひら飛ぶ
美しいてふてふと
万葉集の謎。
万葉集ブームであります。
新元号「令和」の典拠となったことから、
にわかに世の中は万葉集が気になり始めました。
書店には万葉関連本がずらりと並び、
カルチャーセンターでは万葉集講座が次々と新設、
万葉集、このままいけば今年のベストセラーになっちゃうかも(笑)。
ん?あれ?そういえば・・・?
国語国文学科の学生時代には万葉集の授業を受けた記憶がある。
ということは家のどこかには万葉集の教科書があるはずなのですが、
卒業以来、見た記憶も開いた記憶もない・・・。
ごめんね、万葉集、ほっといて、すみません。
こんなダメダメな元文系学生なので、
意外な万葉集の事実を全く知りませんでした。
春の野の主役「蝶」の歌が万葉集には一首もないのだそうです。
生物学者の福岡伸一さんの朝刊コラム記事で初めて知りました。
「あらゆる階層の人が森羅万象を歌にした万葉集数千首の中に
ホタルやコオロギ、トンボが出てくる歌は数あれど」
「蝶」の歌は一首もない、とか。
万葉ミステリーだ。
春の野や山や花畑の情景を詠んだ歌はいっぱいあるのに、
万葉の春をひらひら飛んでいたはずの蝶々の歌がない。
まさか、あの時代の日本に、蝶がいなかった?
な、わけはありません。
実は万葉集に一か所だけ、蝶が出現する箇所があるのです。
それが「令和」の典拠となった梅花の歌の序の部分。
例の「初春令月」「気淑風和」の記述の少し後の部分に
「庭舞新蝶」と記されているのでした。
「庭にこの春生まれたばかりの蝶が舞い」とありますから
万葉人の目にもちゃんと蝶々が映っていたことがわかります。
なのに、どうして美しく可憐な「てふてふ」が歌に詠まれていないのか?
コラムでは動物学者の故日高敏隆さんのこんな説が紹介されていました。
かつて蝶の幼虫はこの世とあの世を結ぶ「常世の虫」として大切にされ、
劇的な変身のさまは死者の化身と考えられていたのかもしれない、というもの。
つまり単なる季節の風物詩ではなく、もっと特別の存在だったのではないか。
福岡さんは日高さんからこんな話を聞いたことがあるそうです。
なるほど。万葉人は蝶の存在に対して
美しい畏れに似た感覚を持っていたのかもしれませんね。
そして現代。
この間見た海外ニュースによると新種の生物が増殖中だそうです。
それは「スマビ」。
フラフラと歩きスマホをする姿が「ゾンビ」に似ていることから、
「スマホ+ゾンビ=スマビ」なる新語が生まれているらしい。
てふてふとは違った意味で、スマビも和歌に詠みにくい(笑)。
札幌もようやく春の兆し。
ご近所のお庭にはクロッカスが咲き始めていました。
草木が芽吹き、花が咲き、もうすぐひらひら蝶が舞う季節。
初春令月、気淑風和 庭舞新蝶・・・。
令和を祝して一首詠んでみましょうか。
万葉てふてふに思いを馳せつつ、ね、
(写真は)
一足先に
お茶時間でお花見♪
柳月の桜スイーツ。
「桜の黒大豆大福」に
月夜の桜あんこ餅「宵桜」。
いと、美味し。

