打つも走るも
打つも
走るも
彼岸まで。
桜が咲いた。
イチローが引退した。
暑さ寒さも彼岸まで。
東京で桜が咲いたその日、
イチロー選手が現役を引退しました。
打って走って積み上げた安打は日米通算4368本。
さよならイチロー。ありがとうイチロー。
コアな野球ファンではない私が、
のちに稀代の名選手となる彼の存在を知ったのは
20数年前のスポーツニュースのナレーションの言葉でした。
「鈴木一朗 フツーの名前の、凄いヤツ!」
へ~、すずきいちろう、確かにフツーよね~と眺めた画面に
細身で小鹿のようにしなやかでバネのある選手が躍動していました。
愛工大名電高からオリックスに入団したばかりの新人選手。
鈴木一朗クン、であります。
それから3年後、登録名を「イチロー」に替えた選手は
その94年に年間最多安打となる210安打を放ち、
打率3割8分5厘で初の首位打者に。
2006年史上初の7年連続での首位打者に輝いたオフに
メジャーリーグ、マリナーズに移籍。
2016年には日米通算4257安打を放ち、参考記録ながら
ピート・ローズの歴代最多安打を抜、
その2ヵ月後、大リーグ史上30人目、日本選手として初となる
通算3000本安打に到達しました。
フツーの名前の凄いヤツは、
28年後、野球界の至宝として、
桜が開花した東京で現役を引退したのでした。
折しもこの日の試合は菊池雄星投手のデビュー戦。
イチローに憧れた選手が未来へ向けた一歩を踏み出したその日、
輝く星は、バットを置き、ユニフォームを脱いだ。
平成が終わろうという春。
長い冬から季節のバトンが渡された春。
東京で桜が咲いた春
記録にも記憶にも残る一つの時代が終わった。
2019年3月21日。野球ファンはずっとこの日を忘れないだろう。
「イチローって、フツーの名前だった、凄い選手がいたんだよ」。
同じ時代を生きた野球ファンは、孫や子に、
きっと自慢げに語って聞かせることだろう。
その美しいフォームを、芸術作品のようなバッティングを
マジシャンのような鮮やかな盗塁を、
常套句でお茶を濁さない独自のイチロー語録を、
まるで自分のことのように誇り高く語るのだろう。
そうだ。
イチローと同じ時代を生きただけで、
なんだか自分に誇りが持てるような気さえしてくるんだ。
深夜に及んだ長い引退会見の最後の言葉が
今も深く心に刻まれています。
「アメリカに来て、メジャーリーグに来て
僕ははじめて外国人になりました。このことで、人の心を慮ったり、
人の痛みを想像したり、今までなかった自分があらわれたんですよね。
孤独を感じたり、苦しんだことも多々ありました。けど、その体験は
未来の自分にとって大きな支えになるんだろうと、今は思います」。
旅立ちの春。
大きな期待と不安を抱えた若者たちにとって
これ以上のはなむけの言葉はないでしょう。
多様性の時代、それぞれのアイデンティティーを尊重しながら
「辛いこと、しんどいことから逃げたいと思うのは当然だけど、
エネルギーのある元気な時にそれに立ち向かっていくことは、
人として重要なことなのではないか」。
打って走るイチローはもう観られない。
でもイチローの言葉は心に記憶された。
鈴木一朗。
本当に、フツーの名前の、凄いヤツ、だった。
(写真は)
春のお彼岸。
お墓参りの帰りのランチは
ご近所のお気に入り中華屋さんで。
イチローの引退をまだ知らずに
薄塩五目スープそばをすすっていた。

