骨を洗う
命から命へ。
慈しみ、
敬い、
感謝をこめて
骨を洗う。
本日は台湾旅リポートを休憩、沖縄映画のお話を。
昨日、映画評やレビューでも絶賛されている作品を観てきました。
「洗骨」。
監督・脚本は照屋年之。あのガレッジセールのゴリさんです。
12年前から沖縄を舞台にした短編作品などを作り続けていて、
その実力が注目されていましたが、9作目となるこの作品で、
北米最大の日本映画祭で観客賞を受賞。
世界各国で賞賛されている話題作であります。
いや、泣いた、笑った、しゃくりあげて泣いた。
隣で観ていた夫もヒックヒックしてた。
理性や大脳じゃなくて魂の深いところがしゃくりあげるんだ。
なんでこんなに涙があふれてくるのか理屈で説明できない。
でも、泣いた後にさっぱりするんだ。
泣いて、笑って、しゃくりあげて、再生する。
「洗骨」とは
今ではほとんど見なくなった葬送の風習で、
亡くなった人を風葬にし、骨だけになった頃に棺をもう一度開け、
縁深き者たちの手によって骨をきれいに洗ってあげて
「あの世」へ送り出す儀式のこと。
沖縄の離島や奄美群島などでは残っているとされています。
沖縄旅でやちむんの陶房などを訪れると
立派な沖縄式の骨壺「厨子甕(ズーシーガーミー)」に
出会うことが何度かありました。
その美しい形状から、沖縄県外ではアート作品やオブジェとして
使われることもあるようですが、
元々は洗骨されたお骨を収めるためのもの。
映画「洗骨」では本来の役割を果たす様子が描かれていました。
作品の舞台は粟国島。
4年ぶりに母の「洗骨」のために島に戻ってきた長男は
妻の死を受け入れずに酒に逃げる父に反感を抱く一方、
名古屋で美容師をしていいる未婚の妹は臨月のお腹で帰郷。
誰もが思い通りにいかない人生に戸惑うなか、
バラバラだった家族を一つにしてくれたのは
「骨になった母」だった。
ダンディーさを封印した奥田瑛二のオトウ。
悩み深いニーニーは筒井道隆、
撮影中お風呂以外ずっと妊婦姿で通した水崎綾女、
家族をつなぎとめる蝶番のような伯母さんは野蓉子等々、
実力派の役者さんたちは島言葉のイントネーションも完璧、
役を演じるんじゃなくて、役を生きていました。
「洗骨」という、
ちょっと腰が引けそうなタイトルと素材ですが、
照屋監督のお笑いセンスが絶妙なツボで効いていて、
ちょいちょい笑っているうちに、観客はその日を迎えてしまうのです。
島の東側は人が住む「この世」住む、陽が沈む西側は「あの世」。
死者が風葬されていている断崖へ続く道の結界に
草を結んだ魔除けの「サングヮー」を置いて
「あの世」へ入る挨拶をするオトウ。
ニーニーは「厨子甕」を入れた大きな木箱を背負い、
男たちは大きなたらいや水を背負い、
女たちは柄杓や日傘や重箱を持ち、
死者が眠る「あの世」の断崖へと降りていく家族の列を
真っ青な空と海と眩しい太陽が静かに見守る。
自然の洞窟を利用した墓の入り口は
積み重ねた琉球石灰岩で優しく閉じられている。
わずかな隙間から潮風や陽の光が行き来できるゆるやかな封印を
オトウやニーニーや縁者の男たちがひとつひとつ解いていく。
と、その一瞬、墓室サイドからのカットが入る。
石の隙間から差し込む眩しい日差しは「あの世」目線だ。
オトウとニーニーの手によって
真っ白な砂浜の上に運び出されたオカアの棺。
「じゃ・・・開けるよ」。
棺の蓋が開けられた瞬間、魂がスパークした。
なんだかわからん、わからんが、
あったかい何ぁがせり上がってきて、
涙が泉のように沸き上がり、しゃくりあげていた。
隣の夫もヒックヒック、
館内のあちこちから鼻をすする音なら
カサカサとティシュを探す音などがかすかに聞こえてくる。
最愛の人を亡くした数年後、もう一度会える。
怖いとか、気味が悪いとか、そんな感情とは全く別次元の
でっかい、あったかい、なにかが深い深いところから押し寄せてくる。
愛しい人の骨を携えた水をそっとかけながら
縁の深い者たちが慈しみながらきれいに洗っていく。
小さな骨のかけらまで、ひとつひとつ丁寧に拭いてあげる。
命から命をつなぐ洗骨という儀式。
どこまでも温かく、美しかった。
骨を洗う。
生まれたことに感謝する。
それは美しい人の営み。
「洗骨」観るべし。
(写真は)
泣いて、笑って、しゃくりあげて。
体力使った(笑)帰り道は
狸小路の「コメダ珈琲」へ。
名物シロノワール食べながら
「洗骨」談義。

