稲と舟とバロックと
大きな河の下流域。
一面の水田地帯は
華やかな舟運の拠点へ。
街の名前に歴史が宿る。
大稲埕または迪化街。
年末年始野宮的美味台湾旅リポート。
旅の3日目、2019年の元日を冬の台北で迎えました。
まずは台北最古の古刹龍山寺で初詣をすませ、
今も昔も台湾の中枢である「総統府」へ向かうと、
元日は全館公開可能な特別参観日のため雨にも負けず長蛇の列。
赤煉瓦と白い花崗岩のコントラストが美しい歴史的建築を外から堪能、
早々に勇気ある撤退(笑)を決め、次の目的地へ向かいました。
新しい年の始まりを老街(ラオジェ)で過ごす。
ホテルがある龍山寺界隈「萬華」かつての「艋舺(モンガ)」も
台北の街の発祥とされるオールドタウン「老街」ですが、
その「艋舺」に次いで発展したもうひとつの「老街」があるのです。
それが「大稲埕」現在の「迪化街」。
ちょっと不思議な漢字ですね。
昔からの水運で栄えた名残を残す問屋街で
新旧ミックスのレトロタウンとして今大注目のエリア。
18世紀清の時代、淡水河が流れる広大な盆地である台北において
舟運の最初の拠点となり栄えた「艋舺」の港にやがて砂が堆積し、
船が着岸できなくなり衰退、それに代わって発展したのが「大稲埕」。
1860年に港が開かれると次々と外国の領事館や商館が置かれ、
茶問屋などの倉庫が建ち、船着き場と並行する街並みに洋館が立ち並び、
台北で最初の西洋式街路が形成されていったのでした。
日本統治時代になると運河を利用した商いは益々発展、
水路の東側にある現在の「迪化街」の面した店舗では
船で運ばれてきたお茶や砂糖、樟脳、漢方薬、乾物、布地など
多岐にわたる商品が販売され、街は活気に溢れました。
財を成した商人たちは「騎楼」台湾語で「亭子脚」と呼ばれる
例の台湾式アーケードを構えた店舗にこぞって改装、
当時流行していたバロックやアールデコ様式の
飾り正面が美しい建築群が今に残されているのであります。
その後台北の中心地が移るなど変遷はありましたが、
現在も大正デモクラシーを感じさせる街並みがしっかり残され、
一貫して現役の問屋街でもあり続ける「迪化街」。
台湾各地に「老街」と呼ばれる街はありますが、
どこも観光地化していて、途切れることばく商売で盛り上がり続け、
「生きている」老街はここだけとも言われているのでした。
さらにここ数年、リノベ―ションのブームの波が「迪化街」にも到達、
台北市政府が補助金を出して老朽化が進んだ建築物の保護修復が進み、
バロック建築をリノベしたお洒落なカフェやショップが次々オープン。
古いものと新しいものが共存するレトロタウンとして大人気。
街歩き好きにはたまらない魅力が詰まった街、なのです。
ガイドブックでは現在の地名「迪化街」として紹介されていますが、
台北の人々には昔からの「大稲埕」という名前が馴染み深いようで、
ちょうど「萬華」と「艋舺」の関係とよく似ています。
で、その「大稲埕(ダーダオチェン)」という地名が気になります。
稲?・・・???河や舟とどう関係あるんだ???
実はその昔、淡水河下流域のこのあたりは一面の水田地帯。
刈り取った稲を水田の中の大きな空き地で干していましたが、
その大きな空き地をさす言葉「大稲埕」が地名になったのだそうです。
今は美しいバロック建築が並ぶ人気のリノベタウンの街並みに
滔々と河が流れ黄金色の稲穂が揺れる水田が重なって見えるような気がします。
時は流れ、街の姿は変われども、その地名に歴史をとどめる。
漢字文化の素晴らしさを感じました。
今も生きている「老街」。
かつての「大稲埕」
今の「迪化街(ディーファージェ)」。
さあ、じっくり街歩きをまいりましょう。
明日へと続きます。
(写真は)
美しいバロック建築と
現在の地名「迪化街」。
その昔水田があったなんて。
街の歴史を歩いて感じる。

