名人に愛された寄席

お江戸の昔から

芝居小屋が立ち並ぶ

芸どころ名古屋。

名人たちに愛されてきた

名物演芸場復活。

名古屋ビジネス旅最終日、夕方の飛行機までの半日街歩きリポート。

朝は「コンパル大須本店」で名古屋の喫茶店文化を堪能し、

天下の名古屋城、念願の徳川美術館&徳川園を鑑賞した後、

瀕死のスマホをホテルで緊急充電(笑)、再び大須商店街へ。

老舗「たから」の味噌煮込みうどんで遅めのランチを楽しみ、

時計を見れば午後2時半過ぎ。残り時間は1時間少々、

さあ、超特急で大須商店街を駆け抜けましょう。

大須本通りから大須観音通りへ。

おおお~、連休初日ということもあって人出がマックスに。

多彩なB級グルメが楽しむ人びとで縁日かお祭りのような雰囲気。

江戸時代もこんな賑わいだったのかと思いを馳せながら

時間が限られた旅人はひたすら前へ進む。

めざすは伝説の寄席「大須演芸場」です。

江戸時代から大須観音の門前町とし発展してきた大須界隈には

かつて芝居小屋が立ち並び「芸どころ名古屋」のメッカとして

栄えてきた歴史があるのです。

今では古着や雑貨、電化製品にアニメグッズなどの色々なショップやB級グルメ、

お寺や小劇場など多彩な文化が混在するミックスカルチャーの宝庫として

注目されていますが、その昔は芸の街、でもあったのですね。

江戸が徳川吉宗による享保の改革で質素倹約を強いられていた当時、

ここ尾張では御三家筆頭である尾張徳川家の第7代藩主徳川宗春が

開放政策、規制緩和を行い、芸術、芸能を厚く保護し、

芝居小屋が立ち並ぶ大須界隈は空前の繁栄を見せたと言われます。

町人たちに愛された芸どころ名古屋のシンボルとして

1965年に誕生したのが「大須演芸場」。

中京圏唯一の常設寄席として連日賑わいを見せ、

若手時代のビートたけしや明石家さんまなどの出演していましたが、

時代の流れと共に客足が減少、度重なる経営不振と老朽化のため、

惜しまれつつも2014年閉鎖を余儀なくされたのでした。

その後新たな体制が整い、2015年秋に新生「大須演芸場」が復活。

常設寄席に大衆芸能や古典芸能、演劇、音楽・舞踊などの貸席も加え、

多彩な演芸を提供する芸どころ名古屋の文化繁栄の拠点として

華々しくリニューアルされたのでありました。

さらに落語好きの夫が教えてくれたのですが、

大須と言えば伝説の「志ん朝独演会」で知られているそうです。

常に経営難だった大須演芸場の苦境を知った古今亭志ん朝が

1990年から10年間、3日連続で格安の出演料で独演会を引き受け、

演芸場の苦境を救ったという素敵なお話。

志ん朝の独演会は東京では行われないため、大勢の落語ファンが

泊りがけで名古屋をめざしたのだとか。

稀代の名人たちが守った中京圏唯一の寄席。

大須観音通り人波から逃れて横道に入ると・・・あった!

数々の名人たちに愛されてきた「大須演芸場」。

賑やかな幟がはためき、法被姿のスタッフが常連客と歓談中。

いいねぇ~、粋だねぇ~、ちょいとここらで一席聞きたいところですが、

あ~ん、残念、帰りの飛行機の時間が迫ってきました。

いつか、ゆっくり、時間をとって、

志ん朝が救った常設寄席で落語を聞こう。

名古屋再訪のモチベーションが上がる。

さあ、大須観音にご挨拶せねば♪

新生大須演芸場に一礼。

(写真は)

粋と人情がたたえた

大須演芸場。

かつての賑わいに

思いを馳せる。