美しい人
これ、
みんな伸ばそうとするんだけど。
これが、いいの。
これが素敵なの。
美しい人よ。
撮る人も、観る人も、
みんな丸裸にされてしまう。
これが、ほんとのドキュメンタリーなのかも。
一昨日放送されたNHKスペシャル「”樹木希林”を生きる」。
「私を撮ってもいいわよ」長期密着取材が始まったのは去年の6月。
全身がんに冒されていることを公表した後も
淡々と軽やかに女優とし生きた樹木希林さんに向き合った作品は
結果的に希林さんが出演する最後のドキュメンタリーとなりました。
とにかく、圧倒された。凄い人だ。美しい人だ。
ディレクターさんは小さなカメラでただただ愚直に密着する。
カッコいいトヨタの古い車を一人運転して現場に向かう希林さん。
メイクさんや若いスタッフに気働きを利かせる希林さん。
長い待ち時間で体が硬直、ゆっくりゆっくり体を起こす希林さん。
4本の映画に立て続けに出演する日々をただただ追う。
時々、気弱そうな質問をまじえながら。
そんな密着カメラに希林さんはある時いらだちを見せる。
あなたは何を撮りたいの?アタシからは何も出ないわよ。
こうやって追いかけていて、ちゃんと作品になるの?
自分がディレクターさんの立場だったら、多分死にたくなる。
取材対象者から試され、心配されたら、いったいどうしたらいんだ。
困った彼はいつのまにか自分自身の内面をさらけだしていた。
肝心の時に曖昧にする自分、逃げる自分、
だから妻との関係もうまくいかないと結婚生活まで吐露する。
番組とは全く関係ない取材者自身の心の裡を語る声は
気のせいでなければ、最後、涙ぐんでいたようにも聞こえた。
普通のドキュメンタリーならば、仮に取材過程でこういう場面があったとしても
多分編集段階でカットされていると思うけれど、
この作品は、正直だった。
時折混じる気弱そうなインタビューの声を聴いて、
最初は大丈夫かな、このディレクターさん、と心配になったけれど、
いや、この人だから、希林さんは、
残り少ない自分の命を撮らせようとしたのかもしれないと思いました。
取材対象に予断を持たず、真摯に向き合う、人間としての正直さ。
迷い、悩み、こんがらがりながらも、投げ出さない。
わからないことを恥とせず、全部背負ってカメラを向ける。
希林さんの心のアンテナに、きっと何かが触れたんだ、な、きっと。
正直なカメラが捉えた希林さんは、美しかった。
手鏡の中の自分の顔をじっと見て、法令線を撫でながら、呟く。
「これ、みんな伸ばそうとするんだれど、これがいいのよね」。
老いていくこと、年を重ねること、病をえること、命の限りを知ること。
あるがままの自分を引き受ける女優の肌は
赤子のように滑らかで無垢な透明感があって、本当に美しかった。
そんな希林さんに髪を整えようとした若いメイクさんが
「どうしますか?」と意向を尋ねた時の場面。
「私はイメージ持ってないから、あなたの思うようにやって。私に聞かないで」。
ぴしゃりと突き放したように言った後、手を動かし始めたメイクさんに呟く。
「大丈夫よ、あなたに責任なんか負わせないから」。
あああ・・・”樹木希林”は、人を育てようとしていたのだ。
人を活かそうとしていたのだ。最後の最後まで。
作品の終盤、希林さんは自らのPET画像までカメラに見せる。
自分の余命宣告すら、作品の肝に差し出そうとする度量。
自分が美しくあろうとジタバタするか、
人を輝かせるためにジタバタするか。
女優さんの生き方は色々あるだろうけれど、
”樹木希林”は美しい人だった。
ドキュメンタリーのラストカット。
結果的に生涯最後の撮影となった出番を終えて、
ロケ現場の薄暗い廊下をゆっくりゆっくり歩いて遠ざかる後ろ姿を
密着カメラがそっと追う。もう夜遅い時間。
美しい人は最後の言葉まで、人を思いやっていた。
「あなた電車なくなっちゃうんじゃないの?」。
希林さん。
自分の法令線を愛します。
つまらないことで
ジタバタしません。
美しい人よ。
(写真は)
六花亭のお月見和菓子。
「名月」。
今年の名月はことのほか美しかった。
色々あった秋だから、かな。

