檄は世につれ

ほぼほぼ

なし崩しに

やおら

意味は変化する。

言葉は生きもの。

借金の「なし崩し」は

「なかったことにする」のか?

「少しずつ返していく」のか?

言葉の意味をどうとらえているのか、

前者と後者では相当印象が違ってしまいます。

本来の意味とされるのは「少しずつ返していく」なのですが、

6割の人は「なかったことにする」=踏み倒しと捉えているとか。

文化庁の「国語に関する世論調査」が発表されました。

今回初めて尋ねた「なし崩し」という表現に関して

本来の意味「少しずつ返していく」と答えたのは19.5%、

「なかったことにする」と答えた人が65.6%にのぼったそうです。

「少しづつ既成事実を積み上げる」という本来の意味が

言葉の語感から「少しずつ既成事実を崩し、なかったことにする」へと変化。

今や返済の意思がある場合は「なし崩し」用法に注意が必要です。

言葉は生き物。言葉は変化する。

もうひとつ注目の言葉が「檄を飛ばす」。

本来の「自分の主張や考えを広く人々に知らせて同意を求めること」は22.1%、

「元気のないものに刺激を与えて活気づけること」が67.4%という結果で、

過去2回の調査に比べて本来の意味を答える人がやや増えたそうですが、

やはり「檄を飛ばす」=「激励」の意味をとらえる人が多数派。

コーチや監督が選手に「激を飛ばす」というイメージ、ですね。

おっと、「激」じゃない「檄」、木編なのよねぇ。

檄・・・檄文の檄・・・!

ふいに学生時代のキャンパスの風景が突如蘇ってきた。

70年代後半から80年代初めの東京の大学キャンパスは

もうすっかり学生運動の嵐はおさまっていて静かなものでしたが、

構内の一部に見慣れない文字の立て看板がまだ少し残っていました。

「○○反対!」とか「○○同盟」とか「○○粉砕」とか、

独特のいわゆる「ゲバ文字」で書かれた猛々しいそれらが

「檄文」と呼ばれるものだと年上の先輩が教えてくれたのでした。

「げきぶん・・・?」「そう檄文」。

我々はぁ~、○○にぃ~、断固反対するぅ~!うおぉぉぉ~!

学生運動の集会で拡声器に向かって叫ぶ様子、まさに

「自分の主張や考えを広く人々に向かって知らせて同意を得ること」、

つまり「檄を飛ばす」ことで、その主張を書いたのが「檄文」だったのねぇ。

リアルタイムでは体験していないけれど、

その時代の残り香がわずかに残った当時のキャンパスで、

私は「檄」という言葉を知った。

「檄」とは古代中国の通告公文書のこと。

もともとは戦いの時に起こったもので、

天の利、地の利、人の和などから説き起こして味方を激励したり、

敵に降伏を進める内容のものが多く、激しい表現をとり、

最初は木の札、木簡に書かれたことから木編の「檄」となったらしい。

まさに、我々はぁ~的なね。

時は流れ、主義主張を人に伝える手段は大きく変わりました。

木簡から紙へ、マスメディアからSNSの時代へ。

大統領がツイッターで呟く現代、

「檄」の意味が大きく変わるのも、ある意味自然な流れなのかもしれない。

檄は世につれ。言葉は本当に生きている。

(写真は)

昨日の夕焼け。

美しかった~。

今朝はやっぱり秋晴れ。

夕焼け空の天気予報的中。