ゆりかごのうた

カナリヤ

枇杷の実

木ねずみに

黄色い月。

ゆりかごが揺れる。

「こうのとり」打ち上げ成功。

国際宇宙ステーション(ISS)への物資補給機「こうのとり」7号機が

今日未明種子島宇宙船センターから打ち上げられ、

こうのとりは予定の軌道に投入、順調に飛行すれば27日夜にISSに到着、

折しも中秋の名月間近、十五夜のお月さまを眺めながら

宇宙への宅配サービスミッションの成功を祈りましょう。

頑張れ、こうのとり。

こうのとりといえば、赤ちゃん、ですが、

昨夜、産婦人科を扱ったNHKドラマ「透明なゆりかご」の最終回に

涙腺崩壊・・・しゃくりあげるほどの涙が出て・・・止まりませんでした。

昨今、医療を扱ったドラマが花盛りでありますが、

この作品にはスーパードクターも白い巨塔的権力争いも出てきません。

描かれているのは命と出会い、命を送る産婦人科の現実。

産婦人科は赤ちゃんが産まれる幸せな場所だけではないんですよね。

中絶や不倫の末の妊娠、虐待、性暴力被害、母体死亡など

幸せな出産の裏側にある現実を扱った勇気ある医療ドラマで

原作は作者の実体験をもとにした漫画だそうです。

主人公アオイは准看護学科に通う高校生で

舞台となる産婦人科医院で看護助手にアルバイトするのですが、

人とのコミュニケーションが苦手な彼女が一生懸命に

命の現場に向き合う姿に引きこまれ初回から見続けていました。

最終回の昨夜は赤ちゃんの看取り。

おなかの胎児が重い心臓病であることがわかり、

生まれても長く生きることは難しいと知った夫婦は

産むか、あきらめるか辛い選択を迫られ、産むことを決意、

赤ちゃんが最期を迎えるまで家族3人で病室で過ごすことを選択します。

しかし無事に出産し、うぶ声をあげたものの、

ほどなく赤ちゃんの呼吸は弱まり、亡くなってしまうのです。

当たり前と思ってたことは、全然当たり前じゃなかった。

産婦人科は赤ちゃんが産まれる幸せオンリーの場所ではない。

時として生まれたばかりの命を送る場所、

看取りの現場であったのですね。

うぶ声をあげた我が子を看取るなんて・・・過酷すぎる。

負担がかかるため沐浴もしてあげられない我が子と過ごす限られた親子の時間。

自分だったらどうしただろう・・・想像するだけで・・・苦し過ぎる。

産むか、あきらめるか、生まれた後に積極的治療を望むか否か。

神様は残酷なほどにこの夫婦に過酷な選択を強いる。

でも選択するのは赤ちゃんのお父さん、お母さんしかいないのだ。

そして選択した後も悩む、揺れる、苦悩する。

小さな白い棺を前に

これで良かったのかと自分を責めるお母さんに

アオイは言う。「自分じゃない人の気持ちは、わかりませんよね」。

「でも、私はお母さんにギュッと抱きしめられて凄く嬉しかったです。

子供がお母さんにしてほしいことって、それくらいなんだと、思います」。

涙腺、決壊。

ぎゅっと抱っこ。

すべての赤ちゃんはぎゅっと抱っこされるために生まれてくるんだ。

すべてのお母さんはぎゅっと抱っこしてあげればいいんだ。

命と出会い、命を送る現場を描いた秀逸なドラマが教えてくれた。

生まれてくれてありがとう。抱っこさせてくれてありがとう。

ゆりかごのうたをカナリヤがうたうよ・・・

しゃくりあげるほど泣いた後、ふとあの子守歌がよみがえった。

小さな息子を抱っこして繰り返し繰り返し歌った「ゆりかごのうた」。

子守歌など無縁の仕事中心の生活を送っていた私は一番の歌詞しか知らなくて、

延々と無限リプレイでカナリアヴァージョンを歌い続けていたっけ。

今はとても抱っこできないサイズと年齢に育った息子の深層心理には

カナリアしか出てこない母の子守歌がインプットされているかもしれない。

ごめんね、息子よ、

あの子守歌にはカナリアも枇杷の実も木ねずみも黄色い月も出てくるんだよ。

不器用で子守歌も知らず、叱ってばかりのお母さんだったけど、

生まれてきてくれてありがとう。抱っこさせてくれてありがとう。

今度帰省したら、ゆりかごのうた、フルコーラスで歌わせておくれよ(笑)。

小さかったキミのぬくもり、今もはっきり覚えているよ。

こうのとりは

今頃宇宙のどこを飛んでいるのだろうか。

(写真は)

お月見団子のかわりに

愛媛名物「坊ちゃんだんご」。

秋のせいか、年のせいか、昔からか(笑)。

ほんと涙もろい。