茶豆と縄文

もしも

あの時代に

茶豆があったなら

あの美しい土器で茹でたのだろうか。

晩夏に夢想する茶豆と縄文。

夫の故郷から晩夏の便りが届きました。

新潟名産のプレミアムな枝豆「茶豆」であります。

お盆が近づくあたりに最盛期を迎える晩生種の一種で、

元祖は新潟市西区小平方で栽培されていた枝豆とされ、

昔のその土地だけで栽培されていた伝統品種。

「茶豆」の名の由来は緑のさやに包まれた実の薄皮が

ほんのり薄茶色をしていることからと言われますが、

茹でた時、噛んだ時の芳しい独特の芳香は

どこか上質な茶葉を焙じた時の香りににも似ていて、

なるほど香りも「茶豆」ね~と毎年感動しています。

さあ、さっそく新鮮なうちに茹でましょう。

ぷりぷりの緑のさやを塩でもんで産毛をとったら、

たっぷりの沸騰したお湯に塩をひとつまみ、

元気な茶豆を投入し、およそ3~4分。

う~ん・・・これこれ・・・この芳しい香りですよ~。

普通の枝豆とは決定的に違う茶豆ならではの芳香。

この香りが出てきたらもう上げ時。

大きなパスタ用のお湯切りにざざっとあけて、

熱々の茹でたての沖縄の美味しいお塩を振って、

力強くザルを返し、素早く冷ましていきます。

この手動式急速風冷法(笑)が美味しい茹で方のポイント。

さっとゆでて、さっと冷ます。

うふふ、まだ熱々の湯気が立ってる茶豆をパクリ♪

これが茹で係の特権であります。

はふはふ・・・んまっ!甘っ!い~い香り!

新潟茶豆は凄い、エライ、旨み甘み香りの完璧な三重奏に

今年も8月のキッチンでこっそり一人(笑)ノックアウト。

ちょっとつまみ食いのつもりがもう止まらない。

パクパク、パクパク、茶豆エンドレス。

新潟は米や日本酒のイメージが強い雪国ですが、

実は夏の枝豆は新潟が誇る美味しい特産物。

新潟県の枝豆の作付面積はなんと日本一、

さらに枝豆などさやのある豆の購入量も日本一。

つまり新潟は日本一枝豆を作って、食べる県、なのです。

茶豆は新潟県人が誇るケンミンフーズ。

あ、そういえば、もうひとつ、新潟自慢の逸品がありました。

折しも縄文ブームでありますが、

あの岡本太郎を「何だコレは!」と驚愕させた芸術的な縄文土器、

燃え盛る炎のような「火焔型土器」の多くが新潟県内で出土しているのです。

「そうだよ、教科書に載ってるアレは新潟で見つかったんだよ、

新潟国体の聖火台もアレを象っていたんだから」と

茶豆を食べてた夫が自慢げに鼻を膨らませる(笑)。

そういえば、そうだったような気がしますが、

そもそも、今の新潟県内、信濃川流域に暮らしていた縄文の人々は

何故あれほどアーティスティックな火焔型土器を作ったのでしょうか。

今から5000年前の縄文中期に次々と製作されたものの、

中期の終わり頃、その間300年ほどぱたりと姿を消した

ミステリアスで魅力的な縄文クラフト。

多くの謎が更にその美しさに凄みを与える。

出土した火焔型土器の底にはススの痕跡などがあり、

用途としては煮炊きに使用したと推測されていますが、

この芸術的な土器でいったい何をお料理したのだろうか。

新潟・・・まさか・・・茶豆?

彫りの深い顔立ちの縄文マダムが芳しい香りの茶豆を

美しい炎の模様の土器でおよそ3~4分茹でていた?

なんてことは、もちろん、晩夏の夢(笑)。

枝豆、つまり大豆の原産地は中国華北から東北地方及び東南アジア。

日本へは弥生時代に稲作とともに朝鮮半島を経由して渡来したらしい。

惜しい、縄文中期には、まだ枝豆は伝わっていなかった。

アサリ・ハマグリ・栗・ドングリなど季節の食材を組み合わせ、

縄文人の食生活はかなりグルメだったと言われますが、

惜しい・・・新潟に住んでいたのに、茶豆はまだなかったかぁ。

火焔型土器がぱたりと姿を消して4500年後。

美しい縄文土器を作られた新潟から届いた茶豆をつまみながら

しばし、縄文の暮らしを夢想する。

ちょっと贅沢で文化的な晩夏の午後、でした。

(写真は)

縄文の人々にも

ごちそうしたかったなぁ。

新潟県名産「茶豆」。

エンドレスな美味しさ。