未来への花手毬
可憐なまんまる。
愛らしい花が
寄り添う手毬。
お盆花も
カワイイ進化。
お盆で帰省中(笑)の亡き父も
きっと相好を崩して喜んでくれているでしょう。
今年のお盆花はとびきりカワイイのだ。
いつもお願いしている「佐藤花光」さんオリジナルお盆アレンジメント、
その名も姿も可憐な「花手毬」です。
こんなキュートなお盆花、はじめて。
白、黄色、グリーンにピンクなど色とりどりの洋菊、
スプレーピンポンマムで球体を作りまんまるに仕上げた「花手毬」。
可憐な花の手毬の上には涼やかな緑の小枝がアクセントに添えられ、
ころころ転がらないようちゃんとお皿の台座にセットされていて、
お仏壇周りや盆棚にすぐにそのまま飾れます。
いつものお盆と一味違ったお花、ご先祖様も喜んでくれそう。
実家のお仏壇にまんまるな「花手毬」を飾り、
亡き父の写真に向かって夏のご報告を終えて、
母の淹れてくれたコーヒーでお茶していたら、
「これこれ、お仏壇をお掃除していたら、
引き出しにしまっていたこれ読んでね、また涙が出たわ」と
母が一通の白い封筒を差し出したのです。
封筒の中の白い紙には鉛筆書きの文字。
「おじいちゃんへ」と始まるその手紙は
8年前の父のお葬式で当時高校1年生だった息子が
祖父へ向けて書いた孫の「弔辞」でありました。
ああ・・・そうだった・・・。
あの弔辞、一生懸命書いたんだったよね。
父にとって最年少の孫だった息子にお役目が回ってきたのですが、
私も夫も「自分の思いをそのまま書いてね」と
一切口出しも指導も添削もせず彼にすべてを任せたのでした。
だから告別式の当日までどんな言葉が綴られているのか
まったくわからなかったのですが、
やられた・・・素直で真っ直ぐな祖父を想う弔辞に、泣かされた。
決して現代国語は得意ではなく、
読書感想文や作文はできれば逃げたい年頃の男の子でしたが、
自分と祖父の思い出がシンプルかつ具体的に綴られていました。
いかに祖父が自分を愛してくれていたか、そして別れの悲しみを語り、
夢に向かって頑張るからずっと自分を見守ってほしいと
祖父へ送る孫の弔辞は感謝と未来への思いで締めくくられていて、
あの日、涙が3倍流れたことを思い出します。
ヤバいなぁ、今読んでも絶対泣くなぁと思いながら
白い封筒を開け、息子のちょっと丸まった鉛筆書きの文字を追ううちに、
あはは、やっぱり、もうすぐに涙が出てきちゃいました。
でも、それは、本当に温かい涙で、心地よかった。
「おいおい、範子はやっぱり泣き虫だなぁ」と
父の声がどこからか聞こえてきそうで泣きながら照れた。
まんまるな花手毬を眺めているうちに
いつしか、そのまんまるな形が地球儀に重なってきました。
「世界はこんなに広いんだぞ」とまだ幼い孫に
いそいそと地球儀を買ってくれたのは、亡き父でした。
膝の間に地球儀と小さな孫を抱きながら、
「ここがアメリカ、これが太平洋・・・」などと
くるくるまんまるい地球を回しながら話しかけていたっけ。
小さな孫には大きな世界を知ってほしかったのだろう。
世界には色々な国や人や自然や文化があることを。
自分は戦争以外で日本を出ることはなかったからこそ、
未来そのものの小さな孫には広い世界を与えたかったのかもしれない。
父がどんな思いで地球儀を真っ先に買ってきてくれたのか、
もっと、ちゃんと、聞いておけばよかった。
亡き父が見守ってくれているのでしょう。
弔辞を読んだ息子はその時の夢を叶え、目標の職業に就き、
お盆にも帰省できないけど、遠い街で一生懸命働いています。
代わりに彼の部屋の窓際ではちょっと色褪せた地球儀がお留守番。
掃除の時にその地球儀を拭くたびに私の心にいつも温かい何かがぽっと灯る。
少し日焼けした地球儀は
祖父から孫へ贈った未来への花手毬。
ありがとうね、おじいちゃん。
(写真は)
愛らしい「花手毬」。
まんまるいフォルム、
優しい気持ちになる。

