月曜日の朝
ああ、そうか。
そうだったのか。
あの年のあの夏のあの日は
今日と同じ月曜日だったんだ。
8月6日月曜日の朝。
札幌もきれいな夏空が広がりました。
2018年8月6日月曜日の朝です。
今から73年前の同じ日、同じ月曜日の朝8時15分。
広島の上空に摂氏100万度の火の玉が炸裂し、
街が人が破壊し尽くされました。
今日は広島原爆の日。
広島の平和公園では午前8時から平和祈念式典が開かれ、
遠い札幌から、原爆が投下された8時15分、
NHKの生中継映像に向かって黙祷を捧げました。
既に30度を超える猛暑の式典会場には
核保有国の米、英、仏、露を含む85か国の代表も参列。
核兵器のない世界の実現に向けて
国際社会による本気の対話と協調を心から望みます。
あの朝から73年の8月6日。
広島市長の「平和宣言」の冒頭の言葉にはっとしました。
1945年8月6日も2018年と同じ、月曜日だったのです。
今日と同じ、新しい1週間が始まる晴れた夏の朝。
どうか想像してみてください、と市長は語りかけます。
いつものように仕事や勤労奉仕に出かけようとしていた朝、
いつものように家事を始めようとしていた朝の広島に何が起こったか、
どれだけの命が失われ、どれだけの人々が
73年経った今でも心身に苦しみを背負い続けているのかを。
1945年8月6日午前8時15分。
人類が決して忘れていけない日付として脳裏に刻み込まれていますが、
そうか、そうだったか、あの日は、月曜日だったんだ。
暮らしの単位である「曜日」を意識した瞬間、
8月6日の朝がより肉体的に感じられたような気がしました。
さあ、週明け、今日も暑くなりそうだぞ。
蝉時雨を聞きながら茶の間の日めくりをめくった月曜日の朝。
戦時下ではあったけれどいつも変わらない夏の朝だったのだと。
そしてもうひとつ。
あの日は、水曜日だった。
「昭和20年8月15日。暑い暑い、水曜日の昼下がりだった」。
占領下の日本で運命に翻弄される少女を通し、
語られざる戦後を描いた作品、乃南アサ著「水曜日の凱歌」。
14歳の鈴子は進駐軍相手の特殊慰安施設で通訳として
働くことになった母と共に戦後を生き抜いていくのですが、
その小説のプロローグのタイトルが「その日も水曜日」。
そう、あの長く過酷な戦争が終わった日は、水曜日だったんだ。
週の半ばの水曜日、その日は鈴子の14歳の誕生日でもありました。
ミンミン蝉の声がよけいに暑さを感じさせる昼下がり、
「おなかがすいたなあ」と甘い水蜜桃、もちもちの白玉団子、
わらじみたいなトンカツを想像していた鈴子は
お国からの大事なラジオ放送を聞きにでかけていた母から
「終わったんですって」と聞かされる。
「ねえ、今日はねえ、鈴子の・・・」
誕生日、と言おうとした鈴子の言葉は
「日本は負けたんですって」という母の声にかき消された。
その日は水曜日でアタシの誕生日だったのに、
「鈴子、14歳。8月15日に私の戦争ははじまった」。
そうだ、歴史はオセロみたいにきっぱり白黒つくわけない。
1945年8月6日月曜日に広島に落とされた原爆は
ず~っとず~っと多くの苦しみを生み続けたし、
戦争だって昭和20年8月15日水曜日にきっぱり終わったわけじゃないんだ。
木曜日も金曜日も生き抜くための新たな「戦争」が始まっていたのだ。
戦後73年。私を含め戦争を知らない世代がほとんどの日本だけれど、
その実相を知る手立てはたくさんある。
夏休み。
子供も大人も、
たとえば、本を読もう。
記録映像を観よう。想像してみよう。
あの日が何曜日だったか。
それを知るだけでも、意味がある、と思うんだ。
(写真は)
平和だからサッカーができる。
サッカーの応援ができる。
昨日の札幌ドームでコンサ対柏戦。
2-1で負けちゃったけれど、
平和だから悔しがれるんだよ、ね。

