渡り鳥とジャム
シベリアから
海を渡った野鳥たち。
はるかな渡りの旅が
偶然もたらした奇跡の果実。
渡り鳥とジャムの物語。
「はい、苫小牧土産」。
夫の週末ゴルフのお土産は甘酸っぱいハスカップ尽くし。
地元の老舗お菓子屋さん「三星」で仕入れてきた、
勇払原野の奇跡の果実ハスカップを使ったお菓子たちに、
おおお、これはレアもの、よくぞゲットしました。
大容量の「市民還元ハスカップジャム」。
個数限定だからなかなか手に入らないのよね~。
ハスカップは日本では勇払原野にしか自生していません。
あかね目すいかずら科で和名「くろみのうぐいすかぐら」。
毎年夏になると黒紫の可愛らしい実をつけ、
アイヌ語の「ハシカプ」=枝の上にたくさんなるもの、が
ハスカップの名の由来ですが、
地元では「ゆのみ」という愛称でも親しまれています
そのハスカップ、原産地は遥か北のシベリア。
なんでも渡り鳥たちが勇払原野にハスカップの種を運んできて、
夏は海からの霧がかかり、気温は上がらず、
冬は雪が少なく冷え込みが厳しい独特の気候が
シベリア原産のハスカップにとっては最適だったようで、
日本国内で唯一の大群落が出来上がったのだそうです。
酸味が強くデリケートな小さな実には
ブルーベリーの10倍のアントシアニンが含まれ、
昔から不老長寿、奇跡の果実として珍重されてきました。
かつては自生するハスカップを摘み取って、
ジャムやお菓子に加工していましたが、
勇払原野の開発に伴ってハスカップの森は次第に消失、
昭和49年に勇払原野のハスカップはほぼ姿を消してしまいました。
しかし渡り鳥がもたらした奇跡の果実は未来へつながりました。
昭和50年から美唄市の道立農業試験場の協力を受けて、
勇払原野のハスカップの良い実だけを選んで得た種から苗木を作り、
5年かけて収穫にこぎつけたのでした。
その後美唄市農協にハスカップ生産組合が生まれ、
高品質なハスカップが安定供給されるようになったのだそうです。
ハスカップのお菓子で知られる三星のHPに詳しい経緯が書かれていました。
はるか昔、渡り鳥たちが運んできた奇跡の果実が
勇払原野に根付き、やがて開発の波に飲まれそうになりましたが、
色々な人々の努力によって、美しい美唄の地で栽培果実として復活したのですね。
包装を省略することで低価格を実現した「市民還元ハスカップジャム」。
シンプルなラベルが張られた大きなジャムの瓶を手に取りながら、
黒紫の酸っぱい実が辿ってきた奇跡の物語にしばし思いを馳せるのでした。
朝、真っ白いヨーグルトに
鮮やかなハスカップ色のジャムを落とすたびに
昔々、はるかシベリアから渡ってきた鳥たちを想う。
渡り鳥とジャムと道産子たちの物語は
これからも美味しく続くのだ。
いただきます。
(写真は)
三星「市民還元ハスカップジャム」。
渡り鳥とジャムの道産子の物語を知ると、
もったいなくて、なかなか開けられない。
大切に、味わって、いただきますね。

