くろもじ3丁目

いずみがもりの

くろもじ3丁目の

角の中くらいの木。

森の上を眺めて捜してみよう。

あのパン屋さんを。

朝刊に「だるまちゃんとてんぐちゃん」、

「からすのパンやさん」の写真が大きく載っていました。

絵本作家で児童文化研究家のかこさとしさんが亡くなりました。

92歳まで生涯現役、「休むのは死んでからでいい」と

つい最近まで盛んな創作意欲を見せておられたそうです。

穏やかで優しい笑顔そのままの作品は

子供たちに長く長く愛されてきました。

息子が小さな頃、特に大好きだったのが

代表作「からすのパンやさん」。

書棚の中から久しぶりに取り出してみました。

森の中のカラスのパンやさんが色々なパンを作るお話。

見開きページいっぱいに描かれた84種類のパンが圧巻で

かえるパン、おなべパン、でんわパンにくじらパンなどなど

「コレがいい」「アレも食べたい」と

親子で夢中になって詠んだ楽しい思い出が蘇ってきました。

どれどれ、どんなお話だったかしら?

実はこのパン満載のページの印象が強くて

ストーリーの細部はよく覚えていなかったのですが、

今朝、冒頭から読み返してみて新たな発見がたくさん。

まず、からすのパン屋さんの詳しい住所が判明。

からすのまちの名前は「いずみがもり」で

そこの「くろもじさんちょうめ」の

「かどのちゅうくらいのき」におみせがあるのでした。

そのからすのパンやさん夫婦に4羽の赤ちゃんが誕生しますが、

体の色が黒ではなく「みんなちがったいろ」をしていました。

おとうさん、おかあさんは愛情深く一生懸命子育てしながら

お店も励みましたが、手が回らず、お客さんを待たせたりして、

段々お店は流行らなくなり、貧乏になっていくのです。

そうか・・・共働き、ツーオペ育児で頑張ったのにね・・・。

からすの世界も・・・なかなか大変だったんだ。

しかし、子供たちのおやつパンになっていた、

売れない焦げたパンや半焼けパンがほかの子の大人気となり、

それがきっかけでからすのパンやさんは大繁盛、

いずみがもりで評判のりっぱなお店になるのでした。

そうか・・・ピンチはチャンス、

「わけあり」パンに意外な商機が潜んでいたわけね。

いや、ただの「わけありパン」じゃない。

ちょっといびつだったり、焦げてたり、半焼きだったりするけれど、

からすの子供たちはお友達に胸を張って自慢するのでした。

「これはせかいじゅうで おとうさんしかやけない、

めずらしいおやつパンなんだぞ」。

こんな素敵なレビュー、ネットショッピングだったら完売だ。

からすのパンやさん。

1973年の作品だけれど、

今日的視点で読み返してみると、

いずみがもりのくろもじ3丁目のパンやさんには

家族、子育て、共働き、商売繁盛などなどヒントがいっぱいだった。

でも、かこさんの作品にはお説教も教訓も押しつけもいっさいない。

ただただ生きとし生けるものへの愛情だけが溢れている。

からすの子供たちのように小さかった息子が

大きく育ち、遠く巣立った今でも

「からすのパンやさん」は

空いた巣を抱えるちょっと淋しい母心に温かい癒しを与えてくれた。

ありがとう、かこさとしさん。

どうぞ安らかに。

(写真は)

実家の母のために焼いた

88歳のバースデーケーキ。

からすのパンやさんに負けないよう、

一生懸命作りました。