桜育
桜を待ち、
桜を愛で、
桜に酔い、
桜に学ぶ。
桜育のすすめ。
世の中に美しい花は数あれど、
なぜに人は桜に魅せられるのでしょうか。
春とは名ばかりの残雪を眺めながらも桜を思ふ朝。
朝刊土曜版に素敵な企画記事が掲載されていました。
桜の再生を請け負い東奔西走する樹木医・和田博幸さんのお話。
SOSを受けて日本各地の桜の名所に趣き、
枯れかけた古木や樹勢が衰えた名木を救ってきた方です。
印象的だったのが日本三大桜の一つ、
樹齢2千年とされる山梨県北杜市の山高神代桜の復活劇。
桜のスーパードクターの診断によると、
名桜が瀕死の状態に陥った遠因は約100年前、
日本初の天然記念物に指定されたこと。
桜を飾り立てようと石積みの柵で囲み、屋根をつけたことで、
根の広がりや。水の補給が妨げれていたのです。
「よかれと思っていたことがあだになっていたのです」。
樹木医の言葉がず~んと身に沁みる。
ああ、これって、子育てでありがちなことだよなぁ。
子の未来を思う余り、ついつい親があれこれ先回りしてしまう。
ありがち、ありがち、自分もそうだったかも。
ああしろ、こうしろ、あれはいけない、これはいけない。
よかれと思った言動が、健やかに育つための土壌を
知らぬ間にどずどす踏み荒らしてしまうことになりかねない。
桜の老木から大切なことを教わった気がします。
まさに「桜育」。
樹木医とは街路樹などの身近な木を診断したり、
地域の人たちが守ってきた大木を保護したりする仕事。
人間のお医者さんと一緒で患者となる木の状態はそれぞれ違います。
桜の再生も地域性、周囲の景観、歴史、文化、あらゆる観点から診断。
品種を一つに絞ってプランニングした桜堤もあれば、
様々な品種を揃え長い期間花見ができるように考えた桜道も。
なかでも、ある古木の診断にいたく感動しました。
群馬県の桜の名所「高崎城址公園」の古木はもう花芽もつかない老桜。
和田さんの結論は「たとえ花芽がなくても、
風格を生かしてこのままにしておく選択もありますね」でした。
満開に咲き誇る桜だけが,桜の美しさではありません。
どっしりした樹勢、ゴワゴワに硬くなった樹皮もまた、美しいのだ。
長い年月を一生懸命生きてきた老木の姿に美を見出す名医の眼力よ。
「十三の年より咲きて姥桜」
正岡子規が明治26年に詠んだ春の一句。
娘の頃から幾度もの春を重ねてきた桜よ。
老いた桜の一生に思いを馳せる俳人の
優しい心がうかがえます。
人も桜も同じ。
すくすく成長する若木も
我が世の春と咲き誇る名木も
花芽も絶えかけた老木も
それぞれに美しさがある。
桜育に学ぶ朝、でした。
(写真は)
弥生三月の空。
青が明るい。
どこかで
春の足音が聞こえる。
ような気がした。

