郷愁ランチ
大きなお皿に
小さなお料理が色々。
幾つになっても
旗が立ってなくても
心が躍るおとな様ランチ。
夏の沖縄旅最終盤リポートは本日秋休み。
秋のおとな様ランチのお話などを。
昨日は知人と久しぶりの再会ランチを楽しみました。
場所は百貨店内にあるお洒落なブラッセリ―。
人気ベーカリーがル・クルーゼとコラボしたお店で
大通公園の景色を眺めながら食べた、喋った、笑った。
話が尽きない女子友ランチ、気が付けば3時間(笑)。
選んだメニューはワンプレートランチ。
温かな赤がほっこりするル・クルーゼの大皿の上に
オレンジのココット入りの濃厚なコーン・スープ、
キッシュにポークハムにラタトゥイユにグリーンサラダが
彩りよく盛り付けられたお洒落なワンプレート。
ご自慢のパン各種もお代わり自由。
女子のお喋りも弾むというもの。
秋にぴったりのル・クルーゼらしい配色がまた素敵。
お皿のカラーは本国フランスで一番人気の「チェリーレッド」。
熟したさくらんぼを思わせる濃厚な深みのある赤のグラデーションが
刻一刻と紅葉に染まりゆくこの季節にぴったり。
ココットの「オレンジ」は1925年初めて世に出したお鍋のカラーで、
溶鉱炉で溶ける鉄の色を再現した色だとか。
我が家の愛用オーバル鍋もこの色、そうか、溶鉱炉の色か。
鉄の街室蘭生まれにはしっくりくるオレンジ色です(笑)。
時は移り、ランチの風景も移りゆく
今はお洒落なル・クルーゼおとな様ランチを楽しんでいますが、
半世紀前、おかっぱ頭だった女の子がワクワクしたのは
テレビ塔が見える同じデパートの大食堂で食べた、
丸井さんの緑のマークの旗が立ったお子さまランチだった。
ちょっと薄味のケチャップライスにのった
硬いグリーンピースが残念だったこともよく覚えている。
そう、当時のグリーンピースは
甘くてふっくらした今の冷凍ビーンズとは全然違っていたっけ。
「いただきま~す!」旗をそっと抜いてお皿の横に置き、
いざ、ケチャップライスの山を制覇しようというとき、
どうにもあのぼやけた緑の豆が邪魔だった(笑)。
硬くて青臭い味が子供の舌にはあまり美味しく感じられず、
除けて後で食べようと、つんつん、スプーンの先でつつく。
ぽろりと豆が抜け落ちた痕が頂上にぽつんぽつんと残り、
月の表面のクレーターみたいだった。
不思議なことにあれほどワクワクしたお子さまランチなのに
お皿の上にどんなおかずが載っていたかはさっぱり覚えていない。
ただくっきりと脳裏に刻まれているのは
緑の丸井さんの旗と、ケチャップライスのクレーター。
人間の記憶とは本当に面白いものだ。
物凄く美味しかったことは忘れて、
ちょっと残念だったことを後生大事にとどめている。
日本のお子さまランチ誕生には二つの説があって、
1930年(昭和5年)に三越が「お子さま洋食」を提供、
翌年に上野松坂屋が「お子さまランチ」を提供したそうです。
初めてお子さま向けワンプレートを始めたのが三越で
「お子さまランチ」というネーミングは上野松坂屋というわけ。
なんてことを調べていたら、
昭和6年のお子さまランチを再現した写真を発見。
上野松坂屋で出された最初のメニューは
白い丸皿の上に型抜きした白いご飯、コロッケ、
オムレツ、ポテトサラダ、刻みキャベツ、
みかんの輪切りが載りつけられています。
ご飯の山には・・・おおお~、やはり緑のグリーピースが。
昭和初期からお子さまランチには泣いても笑っても(笑)、
ぼやけた緑の豆はマストアイテムだったのだ。
しかし最初のメニューは当時30銭、
カレーライスとカツレツの中間くらいのお値段で、
内容もハイカラで高級だったためか、人気はいまいち。
で、その翌年にケチャップライスと白いご飯のツートンカラーの
富士山ライスの上に日の丸の小旗が初登場、おかずも改良され、
グリコのおまけをヒントにおもちゃのおまけをつけ、
子供たちの人気を得るようになったとか。
そんなお子さまランチの歴史をひもといていてはっとした。
最初のメニューに真ん中に飾られていた「輪切りみかん」だ。
横半分に切られた断面がみかん色の花のよう。
そうだ、そうだった、子供の頃のハレのお皿には、
いつもみかんの花が咲いていた。
お正月やクリスマスやお誕生日のご馳走の横に
母は輪切りみかんを添えてくれたものだった。
華やかなフルーツもなかった昭和のあの頃の親心。
郷愁のお子さまランチ。
旗とケチャップライスのクレーターの向こうには
はしゃぐ子供に微笑む親の顔があったはずなんだ。
お洒落なおとな様ランチを楽しみながら
きゅっと心の奥のどこかが切なくなった。
秋、だからかな。
(写真は)
温かな秋色の器がほっとする。
チェリーレッドとオレンジに彩られた
ル・クルーゼのワンプレート。
赤ワインなど添えても、ね。
おとな、だから。



