湧水の島

南の海に浮かぶ

大きな山や川もない島

水が貴重な沖縄は

清らかな湧水に恵まれていた。

美しい水は聖域。

夏の沖縄旅2017の三日目は本島南部を訪ねています。

海と歴史と文化遺産が点在する濃密な魅力が詰まったエリアですが、

まずは朝一番に糸満市摩文仁の丘にある平和記祈念公園へ。

沖縄戦の歴史を胸に刻み、平和への思いを新たにしました。

遅い昼食を糸満海人(うみんちゅ)の伝統料理をモダンに継承する

地域文化発信の場でもある「糸満漁民食堂」でとった後、

知念半島、アート&クラフトの工房が集まる南城市へドライブ、

沖縄の木工工房「木彫屋」にやってきました。

沖縄本島南部の東海岸、太平洋と中城湾に面した南城市、

美しい百名ビーチを背に急な坂道を登った高台に工房がありました。

日本一美しい木目とされる琉球松のサーバーをゲット、

元は地域の公民館だったという緑に囲まれた工房を出ると、

目の前に由緒ありげな小さな丘陵が。その濃密な緑の丘の斜面からは

清らかな水がとうとうと流れ出ています。

見送ってくれた工房のお母さん(小物担当の幸子さん)に

「歴史ありそうなお水、どんな謂れがあるんですか?」と聞くと

「ああ、あれねぇ、昔からあるのさぁ、

ここらの人たちは洗濯とか色々使ってたらしいけどねぇ」と

かなりざっくりしたお答え(笑)。

確かに毎日眺めていて、そこにあるのが当たり前の日常風景、

はじめて見た旅人のようにいちいちびっくりはしないのでしょう。

とりあえず「ありがとうございました」とご挨拶。

しかし、旅の好奇心は抑えられない。

絶対、歴史的な謂れがあるはずと

レンタカーに乗り込む前に由緒ありげな小さな丘陵へ向かう。

おおお、やっぱり。市が設置したらしい史跡案内板を発見。

何々?「富里の歴史と文化」とな。

説明文によると、ここ南城市玉城富里地区は琉球王朝時代、

尚泰久王の子供たちが住んだ場所で周辺には数々のグスクが存在。

近世には玉城間切(つまりお役所)の番所が置かれ、

本島南部の東廻り(聖地巡礼)の要所でもあったようです。

やはり、昔ながらの石畳の小道が複雑に入り組んだ街並みは

王朝時代の名残をそのまま残していたのねぇ。

現代のカーナビも沈黙するはずだ(笑)。

もともと水が豊富なところでもあり、村人たちの協力で

周辺の井(ガー)の下に溜池をつくり用水路を引いたことが

史書「球陽」に書かれているそうです。

そんな歴史を今に伝えるのが斜面から流れている水。

古い石積みの「正泉井(せーせんがー)」。

大正末期に作られたらしく、集落の後方にある源泉から水を引き、

今だ涸れることなく清らかな水が流れ続け、

地域の人々の暮らしを潤しているのでした。

拝所のある緑の丘の中腹を通ってとうとう流れる水は

石の水受けに涼しげな音をたてて穴を穿ち、

その一方で美しい緑の苔を養っていました。

ガイドブックには載ってない、

足と好奇心と偶然が見つける旅のスポット。

旅人も歩けば、歴史に、当たる。

遥か昔、王朝の覇権争いから逃れてきた琉球王の子孫が住んだ土地。

昔ながらの美しい石畳の道や立派な石積みの門構えや屏風(ヒンプン)、

そして豊かな湧水が流れる井(ガー)などが残されていたのですね。

当時の中心地だった冨里集落だから、公民館があったわけだ。

実に興味深い。これだからいくら暑くても

沖縄そぞろ歩きはやめられない。

亜熱帯の南国の島。

沖縄には大きな山も川もないので水資源の乏しい島ではありますが、

実は豊かな湧水の島でもあるのです。

石灰岩地層の鍾乳洞を流れてきた地下水脈が湧水となって

清らかで清潔な水が湧き出ているところが多いのです。

古くから溜池を作ったり、地下水脈まで掘り下げたり、

様々な様式の湧水が現在まで存在していて、

湧水件数としては何と全国5番目。

沖縄のいたるところに湧水あり。

特に本島南部は水の豊富でガイドブックに載っている史跡もありますが、

有名無名に関わらず、水の湧き出る場所は人々が大切に守ってきた聖域。

「木彫屋」のお母さんが言ってたように

聖域とあると同時に地域の人々の大切な水資源ですから、

敬意とマナーを忘れずにそっと見学させてもらいました。

湧水はカー。井戸はガー。

湧水を引いて蓄える施設「桶川」はヒージャー。

海に浮かぶ亜熱帯の島を支えてきた

地下の神様からの贈り物。

水に関わる沖縄の言葉を心に留めておこう。

島の歴史を見つめ続けてきた湧水。

なんでも知っている清らかな水は

これからもずっと島の人々によって

大切に守られていく。

沖縄は湧水の島。

(写真は)

清らかな水が流れ続ける「正泉井」。

古い石積みと緑の苔。

誰かがいつもお掃除しているのだろうか。

木の葉一枚落ちていない。

時が作り出した

美しい暮らしの風景だ。