最後の甘み
甘いお菓子に秘められた
忘れてはいけない物語。
食べやすい形。
その意味が
悲しかった。
早朝、再放送されていたNHKの旅番組。
舞台は鹿児島県大隅半島の中心にある鹿屋市。
国立の体育専門大学や海上自衛隊の基地があり、
24年前からバラによる町おこしが始まり、
初夏にはさまざまバラが咲き誇る美しい街です。
若い学生さんや自衛官が集う昔ながらのおでん屋さんは
人情味あふれる温かさにあふれていました。
そしてカメラは一軒の和菓子屋さんへ。
創業は1860年天保年間という老舗「富久屋」。
太平洋戦争当時、鹿屋には海軍特攻隊の基地があり、
長らくお菓子を収めていたお店。
当時5歳だった女将さんとって
店にやってくる若き隊員さんたちは「お兄ちゃん」。
背中におぶさったりして遊んでもらった記憶があるといいます。
そして彼らが出撃していくのも見送っていました。
特攻機は上空を三回旋回して、
隊員たちが白いマフラーをなびかせて飛び立った様子を
今でもはっきり覚えているそうです。
鹿屋から908人が特攻として出撃、帰ることはありませんでした。
遊んでくれたお兄ちゃんたちは鹿屋から飛び立った。
だから魂を鹿屋に戻ってくるはずだと
72年経った今年、ある特別なお菓子を再現したのです。
それがあん入りのタルト。
先代の父が特攻隊員のために作っていた特別なお菓子。
当時貴重だった甘いあんをたっぷりカステラ生地で挟んだもの。
昭和の懐かしいお菓子「シベリア」によく似ています。
特徴的なのはその形。
出撃後、機内で食べやすいように細長く切られ、
それを紙に包み両端をねじった包装で収められたそうです。
片手で食べやすいように作られた
優しい味の細長いお菓子を
出撃する特攻パイロットたちは懐にしのばせ飛び立った。
それは若き彼らが機内で口にする人生最期の食べ物。
「おにいちゃん」たちはどんな思いで包みをといたのか。
どんな思いで最後の甘みをかみしめたのか。
72年経っても悲しい記憶が消えない女将さんは
ただ黙ってこしあんを練り続けていました。
せめてたっぷりの甘いあんを。
せめて食べやすいように。
先代もそんな思いであん入りタルトを作ったのでしょう。
復刻されたお菓子は近いうちにお店で販売されるそうです。
いつか鹿児島に旅することあったら、
鹿屋の老舗和菓子屋さんに必ず立ち寄ろう。
72年前、若き彼らが最期に口にした甘さを
しっかりかみしめよう。
あんこ好きが初めて知った悲しいお菓子物語。
決して、忘れない。
(写真は)
鹿屋がバラの香りに包まれる初夏。
ご近所の梅の木には
小さな小さな青梅が。
命の輝きをかみしめる。

