ちやほや物語

へぇ~、

中世の絵巻物には

蝶がほとんど現れないんだ。

美し過ぎて

恐れられた?

今朝の天声人語に興味深いエピソードが

紹介されていました。

蝶は人の魂と考えられ、

花から花へとひらひらと飛ぶ姿が

この世のものならぬように思われていたらしい。

いにしえの人々は童謡のちょうちょとは

全然違うイメージを抱いていたのですね。

古代ギリシャやほかの文化圏でも

蝶は「霊魂、不死」を意味し、

人は死んでも魂が蝶となって他の人の肉体に宿ると考えられ、

キリスト教でも「復活」を表す対象となっているようです。

美し過ぎる姿がかえって畏怖に近い

一種の恐ろしさを感じさせていたのかもしれません。

美し過ぎるって、罪ねぇ。

古代日本でも同じようにとらえられていたようで、

万葉集にも蝶を詠んだ歌は一首もないそうです。

その一方で平家が家紋に用いたように、

文様や武具の装飾に使われることはありました。

優美なものというよりも人を畏怖させる意匠として

蝶が用いられたようですね。

やがて時代とともに蝶のイメージも変化していき、

江戸時代には可愛い女の子を愛でたり、

甘やかしたりするさまを

「蝶や花や」というなんて表現するようになるのでした。

元となったのは平安時代に清少納言が詠んだ歌のようですが、

現在でも「蝶よ花よ」という形で使いますよね。

どうやらこの「蝶や花や」が短縮されて

「ちやほや」という言葉になったらしい。

ちやほやするって、

へぇ~、蝶よ花よの短縮形だったんだ。

ことばの変遷って、本当に面白いですね。

不思議な語感の言葉だな~とは思っていましたが、

あまりちやほやされた経験がないものですから(笑)、

深く考えずスルーしていました。

日本語は、面白い。

そういえば天声人語によると初夏を彩る「紫陽花」も

江戸時代より前の文学作品にはあまり登場しないとか。

色の変わる様子が信用できない、不吉とされ、

「化花」「幽霊花」と呼ばれた時代もあったようです。

しかし、今では品種改良が進み、

華やかで美しい紫陽花がまさに花盛り。

結婚式などおめでたい席を飾る初夏の人気の花となっています。

蝶も花も、世につれ、人につれ。

それぞれに物語がある。

(写真は)

日本最大の蝶。

由布島の「オオゴマダラ」。

羽を広げると13cmにも及ぶ大きさ。

人を恐れずひらひらと近寄ってくる可愛い蝶。

思わずちやほやしたくなっちゃうよ。