しおあみの音

ぱしゃり・・・

ぽちゃん・・・

なんと優しい音だろう。

南の島のしおあみよ。

人は海に癒されてきた。

石垣島の白保の海岸。

美しいエメラルドグリーンの遠浅の海で

一人の老女が仕事着のまま浸かり、

心地よさそうに肩や胸に海水をかける。

ぱしゃり・・・ぽちゃぽちゃ・・・ぱしゃり。

「気持ちいいさぁ・・・かゆいのも治るさぁ」。

たまたま録画していたBSドキュメンタリー番組に

実に印象的な一場面がありました。

テーマは沖縄八重山諸島に伝わる島唄。

カメラは石垣島に暮らす一人のおばぁにそっとよりそい、

島唄とともに生きる穏やかな日常を映し出します。

昼は福木の木陰でアダンの葉の草履を編み、

一仕事終えたら自転車に乗って海岸へ。

生まれ故郷の波照間島から

琉球王府の命で石垣島に強制移住させられ、

戦前は台湾まで働きに出かけ、夫と出会い結婚。

戦争を生き抜くも、夫に先立たれ、

女手ひとつで子供を育て上げてきたおばぁ。

日焼けした顔には深い皴が刻み込まれ、

平坦ではなかった数多くの労苦を物語ります。

潮が満ち始めた白保の海。

美しい遠浅のサンゴ礁の海のなかへ、

おばぁは仕事着に島ぞうりを履いたまま、

ぱしゃりぱしゃり足を進めていくのでした。

「月ぬ美しゃ(かいしゃ)十日三日

 女童美しゃ 十七つぃ」

月を唄った美しい子守歌「月ぬ美しゃ」を口ずさみながら。

やがて膝小僧まで水に浸かったおばぁは

ぽしゃん・・・柔らかい水音をたて、

ふいっと海の中に座り込みました。

カメラが追いつかないほど自然な仕草で

胸まで海に浸かり、ぱしゃりぱしゃりと海水を手ですくい、

自分の肩や胸にそれは心地よさげにかけるのでした。

「ああ、気持ちいいさぁ・・・。

海に入ればかゆいのも止まる。薬もいらない。

潮が満ちてきて、ちょうどいい、いい海だよ」。

ぱしゃりぱしゃりと海水を浴びながら

皺だらけの頬を緩め、目を細めるおばぁ。

それは海遊びというよりも

温泉の湯治場でくつろいでいるようで。

そうだ、そうなんだ。これこそが「海水浴」なんだ。

ビーチリゾートだのタラソテラピーだの

そんな言葉ができるず~っと前から

人は古来からこうして海に癒されてきたんだった。

これこそ「海水浴」の原風景なのでした。

海に出かけて水を浴びることは

「潮浴び」「潮湯治」「しおあみ」などの名で

古くから行われてきたそうです。

「古事記」にもイザナミミコトが黄泉の国のけがれをとるために

海水に浴したという場面が出てきますよね。

近代ヨーロッパ医学が「海水浴」の身体効果を説くずっと以前から

人々は海が心身にもたらすプラス効果を知っていたのです。

白保の海ととも生きてきたおばぁ。

「月ぬ美しゃ」をくちずさみながら海につかるおばぁ。

月の美しさをめでながら、海に身をゆだねるおばぁ。

大潮の満月には月の光で潮干狩りをし、

満月が真上に出たときには願をかけてきたのでしょう。

自然とともに暮らし、自然に癒されて、激動の歴史を生きてきた。

ぱしゃり・・・ぱしゃり。

おばぁのしおあみの音を聴いているだけで

心がゆっくりほどけていくようだった。

海は産湯だ。

(写真は)

初夏の北の海の贈り物。

今が旬の時鮭。

ふっくら柔らかい身、とろける脂。

塩焼きが一番。