それぞれの風景

三歩進んで

二歩下がる。

北海道の春はのんびり屋さん。

雪解け道の足元を確かめながら

ゆっくり、ゆっくり、やってくる。

へっ?まじ?ここにきて雪?

朝一番、カーテンを開けてびっくり。

外は一面真っ白な雪景色。

夜中のうちに、雪、降っちゃったのね~。

昨日までぽかぽか陽気でぐんぐん雪解け、

路面はすっかりアスファルトが出ていたのに。

ホント、北海道の春は行きつ戻りつ、

春待ち気分がますます高まる朝。

何気なく見ていたテレビの映像にはっとしました。

大手製パンメーカーの朝食用ロールパンのCMだったのですが、

美味しそうなモーニングロールが紹介された後のラストカット、

パンを頬張る家族の朝食風景が「今」だった。

爽やかな朝の食卓についているのは

スーツ姿のお母さんと2人の子供たち。

今までのCMのようなネクタイ姿のお父さんとエプロン姿のお母さん、

そして笑顔の子供たち、なんてステレオタイプの家族ではない。

出勤前の慌ただしい朝でもみんなで朝食というコンセプトは同じでも

CMの世界が描く家族のカタチもさまざまに多様化していた。

うん、そうだよ、時代ととともに家族のカタチは色々だもん。

お母さんが働き手だったり、お父さんが家事を担ったり、

シングルマザー、シングルファザーだったり、

祖父母が親代わりだったり、独身だったり。

これまで長らく「夫婦+子供2人」の4人家族が平均モデルとして

社会保障や教育など数々の政策が語られてきましたが、

多様化の時代、「平均」はもはや現実にそぐわなくなっている。

食パンのCMでスーツ姿のママがほほ笑む。

いいぞ、いいぞ、実に現代的なCMではないか。

今朝の北海道新聞の卓上四季に

地方公務員の遺族補償年金をめぐる判決に関して

妻が稼ぎ、夫が家事をする光景は珍しくない現代、

「法服を来た人たちの頭はいつの時代をさまよっているのかと

考え込んでしまった」と書かれていました。

遺族が男性か女性かで区別する理由が理解できないとし、

あるジェンダー川柳が紹介されていました。

「男でも女でもなく人として」(内山宏)

す~っと胸に沁みこむ一句です。

ああ、そうだ、息子が生まれたときのことを思い出しました。

すやすや眠るわが子を抱きながら、

健やかな成長を祈る中で、ふと思ったのだ。

この子が大きくなって誰かを好きになったとき、

その誰かが男の人だということもあるかもしれない。

いいんだよ。男か女かよりも人を愛せることの方が尊いと思うよ。

誰かをちゃんと愛せる人になってねって。

ささやかな親の願いは通じたのか、

めんどくさい思春期を過ぎて青年になった息子は

可愛い彼女さんをちゃんと紹介してくれる。

人として誰かを愛せる幸せを大事にしてほしい。

カタチより、人として、幸せでいてほしい。

法服を来た人たちも

食パンのCMの変化に気づいてくれれば、ね。

朝の食卓の風景もさまざまなんだ。

社会はそれぞれの風景で構成されている。

それぞれの幸福が実現するように

みんなで知恵を働かせよう。

(写真は)

春のお彼岸。

六花亭のおはぎ。

つぶあんでもこしあんでもあんはあん。

わけ隔てなく、あんはいとおしい。