マチ勉効果

かつては「家勉」、

今や「外勉」。

街を活気づけるか、

「マチ勉」の時代?

昨日の夕刊コラムが「外勉ブーム」を取り上げていました。

センター試験も終わり、受験シーズンの大詰めですが、

街中では大型商業施設で自習に励む受験生の姿が目立ち、

無料の自習スペースはどこも連日満席だと言います。

「それにしてもなぜ自宅ではなく、公共の場で勉強するのか」。

コラム氏の疑問はもっともであります。

元受験生の母も同様でありました(笑)。

なんで、わざわざ「外勉」?

「自宅は障害が多いから集中できないんです」。

高校生たちからそんな答えが返ってきたと記事にはありました。

テレビ、ベッド、マンガ、きょうだいなどなど、

勉強の集中力を阻む家の中の色々、なるほど「障害」ねぇ(笑)。

息子も高校時代、同じようなこと言ってましたっけ。

「家は誘惑があるから集中できない」。

自分の部屋では、「あ~、疲れたぁ」と背伸びしたした後ろに

それは心地よいベッドがある、傍らにはギターもある、音楽雑誌もある、

眠りなさぁ~い、お休みなさぁ~い、遊びなさぁ~い・・・

甘い誘惑があちこちから囁いてくる・・わけで(笑)。

「障害」ではなく「誘惑」ねぇ、

ま、「誘惑」される己の弱さを自覚していたとも言えますな。

で、甘い「誘惑」を断ち切るべく塾の自習室や図書館へGO。

受験時代に確立した外勉スタイルは大学生になっても同様で、

この年末年始に帰省した時も「スタバで勉強してくる」と

年明けの試験に向けて勉強していましたっけ。

大学生になるとちょっとコストのかかる「カフェ勉」に昇格なのね。

それにしてもヨソの人がいる中で集中できるのが不思議。

「昨今の若者たちはSNSで常に誰かとつながっているので

周りに誰かがいることに慣れている」とコラム記事の中で

大学の先生が分析していました。

なるほど、SNS世代ならではの「外勉」現象かぁ。

見えない人とつながることに慣れている世代ねぇ。

同時に「外勉」には「見える」効果もあるようです。

「周りで勉強している姿を見るとオレも頑張らなきゃって思う」。

ふと、当時の息子が言っていたことを思い出しました。

自習ブースや図書館で名前も学校も知らない受験生たちが

勉強に励む様子に刺激され、モチベーションがぐんと上がるのだそうだ。

孤独な受験勉強もライバル達の姿が「見える」ことで

リアルなやる気がかき立てられるのだろう。

まあ、どちらにしても、今どきの「外勉」スタイルは開けている。

思えば、昭和の受験生は閉じていた、暗かった(笑)。

冬の勉強部屋に閉じこもり、家族の出入りもシャットアウト、

足腰を毛布でくるみ、自分を孤独に追い込み、真夜中まで勉強。

家族が寝静まった家の中でカリカリ、カリカリ、シャーペンを走らせる。

ああ・・・暗い、重い、まるで「鶴の恩返し」ではないか。

ギッコン、バッタン、自分の羽根を抜きながら反物を織る、みたいな。

苦痛や自己犠牲と引き換えに成功があると思いこんでいたのよねぇ。

部活だってやみくもにうさぎ飛びしてた世代だもの(笑)。

コラム記事によれば旭川市内では高校生や大学生が

大人社会との接点を持てる拠点として

自習スペースを開設する試みが始まったそうです。

自治体も自習スペースをマチのにぎわいづくりにつなげようと

注目し始めているとか。これは素敵な動き。

シャッター商店街に「外勉」スペースが生まれることで

やる気、元気、活気がみなぎるかもしれません。

家勉、外勉、カフェ勉、そしてマチ勉。

受験生も地域も元気が出る幸せな仕組み。

若者よ、書を持って、街へ出よう。

マチ勉の時代がやってくる、かな。

(写真は)

今日は大寒。

一年で一番寒い季節は

冬のお魚が一番美味しい時季。

長崎産の天然ぶり、みっけ。

ぴかぴかのお刺身で頂きました。寒魚、最高。

寒さの底ってことはこれ以上の寒さはないってこと。

次に待っているのは桜咲く春。