画面を歩く
ああ、県庁前のあの交差点だ。
国際通りからあのアーケードね。
市場近くのあの路地辺りを抜けると
そうだ。急にこんな暗闇があったりするんだ。
映画館の暗闇で沖縄を歩いた。
話題の映画「怒り」。
吉田修一原作の小説を「悪人」などで知られる李相日監督が映画化。
残忍な夫婦殺人事件から1年。犯人は顔を整形し逃げ続けていた。
そして東京、千葉、沖縄。三つの場所に現れた3人の謎の男。
「愛した人は殺人犯なのか?あなたを信じたい」。
原作者、監督、さらに映画のパンフレットのコピー、
もう絶対に見たくなるこの秋の話題作です。
実は映画公開より一足先にロケ地を訪れていました。
吉田修一の小説は間違いなく面白いし、
何と言っても舞台の一つが沖縄だったので、
今回の夏の沖縄旅に原作「怒り」上下巻2冊を携えていったのでした。
「旅の本」としては内容もボリュームもかなりハードな文庫本2冊でしたが、
新千歳ー羽田ー那覇ー石垣島と乗り継いだ行きの機内で
上巻のかなりの部分まで一気に読んでしまいました。
お気楽旅気分も一気に吹っ飛ぶ重苦しい展開だけど、
一度読み始めると頁から目をそらすことができなくなる。
魂にガツンと問われるんだ。
「あなたは信じられるのか」。
東京、千葉、沖縄。
三つの場所にふらりと現れた素姓のわからない3人の男。
それぞれの場所で鬱屈を抱えた登場人物たちは
知らず知らずに彼らを受け入れ、ある者は愛するようになる。
しかしふとしたことで、謎が多い男への疑念が頭をもたげる。
目の前で静かに微笑むこの男は、殺人犯なのか。
信じたい、でも信じられらない、信じたい。
これ以上の内容はネタばれになるので控えますが、
旅で読み進めた原作本、特に沖縄編のパートは旅人にとってほぼ3D。
小説で描かれる沖縄の青い海や小さな離島、島の民宿、
那覇の街、デモ隊、市場、居酒屋などなど、
すべてが目の前でリアルな立体映像として存在するという
ちょっと得難い不思議な読書体験でありました。
結局、帰りの飛行機の中で下巻まで読了。
衝撃的ラストは・・・秘密。
「『怒り』は3色の糸で織られた苦い布だ」。
今朝の新聞の読書欄である評論家の方が
実に的を得た表現で原作本の重苦しさを表現していましたが、
李監督の映画「怒り」もまた、世田谷、外房、沖縄、
3色の糸で織られた苦い画面が緊張感をはらんだまま続き、
観終わった後、思わずほぉ~っと深い吐息が漏れました。
上映中、ずっと息をするのも忘れていたみたいで。
原作本と同じように特に沖縄編は一種のヴァーチャルアル体験。
沖縄編の主人公、泉役の広瀬すずと同級生辰哉役の佐久本宝が
離島からフェリーに乗って那覇の街に遊びに来る場面。
辰哉の父親が参加するデモ隊がいる県庁前、
ああ、カメラの角度からすると、あの辺から撮ってるのね。
二人が国際通りから入っていったアーケードは、ああむつみ橋通りねぇ。
謎の男田中と偶然出会い居酒屋でご飯を食べた後、
辰哉とはぐれた泉が一人で夜の那覇を急ぎ足で歩くシーン。
ストーリー的に大きな鍵となる場面なのですが、
泉の不安、焦燥、恐怖心を象徴するように疾走するカメラワーク。
賑やかで明るい通りとちょっと外れた路地の暗さのコントラスト。
都会の中に残る暗闇、夜の人気のない公園。
何度も何度も実際に歩き回った那覇の街が蘇る。
泉ちゃん、違う、そっちじゃない、その角じゃなくて、あっちだよ。
あっちへ行けば、明るい大きな通りなのに・・・。
画面の泉に思わず心の中で叫んでいた。
リアル過ぎた。
映画館の暗闇の中で
登場人物と一緒に画面を彷徨った。
沖縄旅の後で観た沖縄編は特に強烈な印象だったけど、
映画を観た人は画面の中の誰かにきっと自分を重ねるような気がする。
信じたいのに、惑い、疑い、彷徨う。
3人の謎の男たちにあなたは試される。
本当の悪人は誰か。
「怒り」。
小説も映画もお勧め、です。
(写真は)
国際通りからふと仰ぎ見た夏空。
泉が歩いたむつみ橋通りは信号を渡った向かい側。
映画の中に見知った看板があちこちにあったなぁ。
ああ、また行きたくなっちゃった。

