ごめんなさい最中

それは見事なぱっくりぶり。

あんこたっぷりの切腹最中。

お詫びの気持ちが笑えるほど(笑)伝わってくる。

ごめんなさい最中には

歴史とユーモアが詰まっていた。

おおお~、これがお詫びスイーツとして有名な「切腹最中」。

まぁま、それはお見事なハラキリぶり、

あんこぱっくりの衝撃ヴィジュアルに思わず笑みがこぼれる。

「詰め腹切ってきました」とお詫びにこの切腹最中差し出されたら、

もう、笑って許すしかなくなりますよねぇ~。

見た目も名前もインパクト抜群、最強のごめんなさい最中に感服。

「兜町で大人気、お詫びの品に切腹最中」。

日本経済新聞でそう紹介されたこともあるユニークな和菓子を

先日たまたま知人からいただきました。

忠臣蔵をイメージした白黒の箱の裏側を見ると

「新橋 田村町 御菓子司 新正堂」とあります。

虎ノ門ヒルズにほど近い場所にある大正元年創業の老舗、

色々調べてみると、どうやらその3代目のご主人が

お詫びの手土産人気ナンバーワン「切腹最中」の生みの親とか。

老舗を継いだ3代目が日持ちのする人気商品を考えていた折、

ふと頭をよぎったのが、お店が歴史にゆかりの深い場所にあるということ。

のちの忠臣蔵に発展する浅野内匠頭が切腹した田村右京大夫屋敷の跡に

この新正堂が店を構えていたのであります。

貴重な歴史をお菓子に込めるのが使命と一念発起、

「義士最中」「忠臣蔵最中」などなど候補を紙に書き出していきますが、

忠臣蔵なら泉岳寺、ここは田村屋敷跡・・・あれこれ悩み抜いた末に

辿り着いたのが最初に思いついたまさかの案。

そう「切腹最中」だったのです。

しかしあまりにインパクトある名前に家族は大反対。

周辺にお勤めのサラリーマンにアンケートをとったところ、

119人中118人が反対、賛成はたった一人だったそうですが、

3代目はあきらめなかった。無念の歴史をお菓子で伝えるぞ。

反対風が吹く中、お金もかけられないと、子供の習字の半紙を切って

ぱっくり口を開いた最中に巻き、浪士の鉢巻きに見立てたりと、

苦労の末にようやく完成した「切腹最中」、しかし、売れない。

そんな失意の日々の中、今から15年ほど前のある日、

ある証券マンがお客様へのお詫びに品を買いに来店、

冗談半分に「切腹最中」を進めたところ、

後日「笑って許してもらえたよ」と大いに喜ばれたのだそうです。

これがきっかけで新聞、雑誌、テレビに取り上げられるようになり、

「お詫びの手土産」と言えば「切腹最中」となったというわけ、らしい。

いやぁ、あきらめない心が、まさかの銘菓を生んだ。

だって、普通はあきらめるでしょう。

119人中118人が反対する新商品をあえて売り出す勇気はない。

何が3代目を突き動かしたのでしょう。

その手掛かりは白黒のパッケージに書かれた文言に伺える。

刃傷に及んだ浅野内匠頭に非はないと言わないが、

「多くの家臣、家族を抱える大名であったのだから、

今少し慎重な調査がなされて良かったのではなかろうか」

喧嘩両成敗の原則を無視した公平を欠くお裁きへの疑問、

志半ばで知った若きリーダーの無念などなど、

「忠臣蔵」にまつわる語り草をお菓子を通じて現代の人々にも伝えたい。

田村町の老舗菓子司3代目の思いが箱から伝わってきます。

「切腹最中」。

買っていくのは兜町近辺に勤めるサラリーマンが多いそうです。

お詫びの品としてはもちろん、話のタネに買い求めることも多く、

さらに黒字への願いをこめて沖縄の黒糖を使った「景気上昇最中」も新登場。

「切腹最中」と「景気上昇最中」が半分ずつ入った「営業セット」も大人気とか。

江戸幕府という組織に勤める大名の苦悩に

現代の営業マンがなにがしかの思いを重ねているのかも、しれません。

キビしい営業最前線で人と人をつないでくれる甘い最中は

現代の浪士たちの心強い味方。

さあ、あんこたっぷりのお腹に巻かれた紙の鉢巻きをほどき、

ころんとカワイイ「切腹最中」をいただくとしましょう。

ちなみに松の廊下の刃傷事件が起きたのは元禄14年3月14日。

ホワイトデーであり、ちなみにアタシの誕生日。

少なからぬご縁を感じながら神妙に味わう(笑)。

ごめんなさい最中は、美味しかった。

(写真は)

白黒の箱に鉢巻き姿もりりしい「切腹最中」

ね?このインパクト。

これを差し出された、笑って許すしかなくなるよね。

あんこたっぷりのお腹には求肥が隠れています。

新人営業マン必須事項、お詫びには「切腹最中」。

メモしておくように(笑)。