うたあしび

市場、路地裏、居酒屋さん、

沖縄を歩いていると

どこからか聞こえてくる優しい三線の調べ。

歌の島を未来の記憶にとどめよう。

素敵な「音の教科書」ができる。

「沖縄民謡に『音の教科書』」

朝刊の文化欄の記事に目が釘付け。

「島唄」の大ヒットで知られるボーカリスト宮沢和史さんが

沖縄民謡を録音して保存する活動に取り組んでいるそうです。

デビュー間もない90年頃、運命的に出会ったのが沖縄民謡。

自らの音楽的ルーツである沖縄へ感謝をこめて約250人の唄者を訪ね歩き、

これまで採録した245曲を「音の教科書」としてまとめる予定で

現在、編集を続けているとのこと。

きっかけは2011年の東日本大震災で東北の伝統芸能が

存続の危機に陥っていると聞いたこと。

沖縄民謡も「あって当たり前ではないと気づかされた」のだそうです。

沖縄市のスタジオを拠点に、時に離島まで足を運び、

沖縄本島を始め、宮古島、八重山諸島などの唄者たちに

歌ってもらい、録音を続けて採録した254曲は

17枚組のCDボックス「沖縄 宮古 八重山民謡大全集」として

まとめられる予定だとか。凄い。17枚組。

このボリュームが沖縄民謡の豊かさを物語ります。

ただ、販売すれば相当高価になるため、

限られた人しか聴けなくなる可能性があると考え、

一口2万5千円で制作資金を募るファンド「唄方プロジェクト」を立ち上げ、

目標の750セットを作る資金が集まり、沖縄県内の学校や図書館など

約500か所に寄贈する見通しがついたのだそうです。

譜面に記されない三線の名手や唄者の息遣い、間合いなどを

音源として残し、沖縄の宝を未来に唄者たちにきかせたいという思い。

まさに宮沢さんが沖縄へ贈る感謝「音楽の教科書」です。

なんて素敵な贈り物。17枚組のCD聴くために、沖縄へ旅したい。

沖縄民謡はもともと神に捧げる儀式で歌われたのがルーツ。

琉球王国時代の「もうあしび」などで歌われ、発達しました。

「毛遊び」と書いて「もうあしび」。

「毛」は「野」を表し、夕刻から深夜にかけて若い男女が

野原や海辺に集まって飲んだり食べたり、

唄を歌ったり踊ったりして交流した風習のこと。

今風に言えば共同体や親公認のアウトドア合コンみたいなもの、

結婚適齢期の男女がお互いの気持ちを確かめ合うのに

なくてはならなかったのが唄であり、三線であり、音楽だった。

恋する気持ちが沖縄民謡の重要な土台となっているのです。

琉球王国時代から昭和の中頃まで生き残っていた「もうあしび」も

現在ではほとんど消滅してしまいましたが、

若者たちの出会いの場所として戦後は「ビーチパーリー」、

通称「ビーパ」として継承されていると見る向きもあるようです。

現代の「ビーパ」でも三線の上手い子はモテるんだろうね。

今でも小さな頃から三線や沖縄民謡を習う子は多いものね。

沖縄を旅すれば、どこからか優しげな三線の調べが聞えてくる。

「もうあしび」は「アジマーアシビ(辻遊び)」「ハマアシビー(浜遊び)」

「ユーアシビ(夜遊び)」とも呼ばれていました。

「辻」とはいくつかの村からの道が合流する場所を指す言葉で

いわば村の境界、つまり村の秩序から自由を許され、恋唄を楽しめた場所。

聴くものを虜にする三線の音色や沖縄民謡は境界や垣根を取り払い、

人の心を自由に解き放ってくれる特別な力が宿っているのだ。

たとえ歌詞の意味はわかなくても、沖縄民謡を聴くと、

いつも心がゆるゆるとほどけていくのを感じる。

心の扉を開かなくちゃ恋なんてできない。

恋愛に無関心な若者が多いと言われる昨今ですが、

日本全国、唄三線を必須授業に取り入れてはいかがだろうか。

「音楽の教科書」も間もなく完成するということだし。

うたあしびに婚活のヒントが隠れているのかも、しれません。

恋せよ乙女、歌えよ、若者。

(写真は)

市場を歩けば三線の調べが聞える。

三線屋さんには沖縄民謡のCDもいっぱい

魚や肉とおなじくらい音楽が欠かせない。

唄三線は沖縄の人々の必須栄養素。