生き抜いたお茶

ヤンバルクイナが棲む亜熱帯の森。

黒潮がもたらす豊富な雨量。

激しい気温差とたちこめる霧。

太古から受け継いだ赤い土。

奥の茶畑で日本一早い新茶の秘密を知る。

日一日と近づく秋の気配。

朝晩はぐんと過ごしやすくなり、昨日日曜日は今季初秋刀魚。

ご近所スーパーで根室港直送の秋刀魚が大量入荷。

今年も高値が心配されているなかのお買い得価格でしたので、

迷わずゲット、秋刀魚好きの夫は2匹ダブル完食。

色々キノコのバター炒めなどとともに秋の味覚を満喫しました。

さあ、秋を楽しんだところで、夏の沖縄旅を振り返りましょう。

夏の沖縄旅2016リポート、八重山諸島から旅の後半は本島編。

自然・歴史・文化に触れる本島中部、南部ドライブに続き、

旅の4日目は亜熱帯の大自然が広がる本島北部「やんばる」へ。

琉球王朝時代の古陶を再現した幻の花形皿を求めて、

大宜味村の陶房「陶藝玉城」を訪問した後、

沖縄本島最北端の辺戸岬の絶景にノックアウト、

さらに最北端を東に回り、最果ての隠れ里「奥集落」へ。

住民の出資によって維持される沖縄独自の共同売店の第一号店、

百年の歴史を誇る「奥共同店」を訪ねました。

共同店は赤ちゃんからお年寄りまで住民全員が株主、

その運営責任者となる「主任」は

2年に一度、全世帯参加の選挙によって選ばれます。

この日たまたまレジを担当していたのが現在の「主任」さん、

奥名物の日本一早い新茶を購入した際に

茶畑の場所も親切に教えてもらいました。

お茶好きにとってはレア物、プレミアム的存在の「奥」の緑茶。

那覇から3時間かけて走ってきたのです。

寄らずにいられましょうか。

共同店の前の駐車場にはミニパトカーが。

お隣の駐在所のおまわりさんもお仕事兼ねて「ゆんたく(お喋り)」。

この「ゆんたく」こそが住民の安全を守るためにも大切、なんですね。

初めて訪れた旅人もほっと和む素敵な居場所「奥共同店」を後に

レンタカーは茶どころ国頭村奥の茶畑を目指します。

「山の方へ走ったら、下草刈ってあるところ見えるから、そこが茶畑」、

主任さんに教えられた通り、山へ向かう県道を走っていくと、

あ、あったあった、道沿いの低い斜面の草がきれいに刈られています。

ここだ。

斜面の下のスペースにレンタカーを停めて車を降り、

2mほどの高さの斜面を登っていくと・・・

おおお~美しい緑・・・日本一南にある茶畑が広がっていました。

沖縄の力強い日光を浴びた緑の茶葉が艶やかに光っています。

ここが日本一早い新茶のふるさと、国頭村奥の茶畑。

立春から数えて八十八夜にあたる五月初旬が新茶の季節ですが、

南国ゆえにそれよりも2カ月も前、三月中旬に収穫できるのです。

本州の桜の季節、沖縄からは新茶の便りが届くのであります。

とはいえ、「沖縄で緑茶?煎茶?」初耳という人も多いはず。

確かに札幌のスーパーや専門店でも

「沖縄産」の緑茶を目にすることはほとんどありません。

実は沖縄県産のお茶の生産量は全国生産量のわずか0.07%。

ごく限られた収穫量ゆえにほとんど流通していないレアなお茶。

しかし、8年ほど前から奥茶業組合と京都の茶農家グループが協力し、

沖縄の太陽が育てたカテキンたっぷりの緑茶、「日本一早い新茶」をブランド化、

全国的にアピールする動きも始まり、お茶好きに知られるようになりました。

私も沖縄旅のお土産に必ず買っていますが、

茶畑を訪れたのは、これがはじめて。

手つかずの亜熱帯のジャングルに囲まれた斜面に

美しく整えられた緑の茶畑が広がる様子は圧巻。

実はお茶はもともと亜熱帯の植物。

インド、中国南部、スリランカ、インドネシアなどなど

世界の代表的なお茶の生産地を地図で見てみると、

あらら、確かに日本本土より緯度の低い暑い地域に集中しています。

つまり、亜熱帯性気候の沖縄はお茶作りに適した土地のはず。

ということで、今から80年ほど前、

当時の農業振興策のひとつとして茶の栽培が推奨され、

沖縄全島で茶作りが始まったのですが、

土の質の問題や沖縄戦の戦禍、その後の米軍占領時代などなど

沖縄の茶作りは様々な苦境にさらされ、次々と茶畑が消えて行きました。

そんな厳しい条件、苦難の歴史のなか、唯一生き抜いたのが

本島最北端国頭村の茶作りだったのです。

大きな要因はやんばる独特の土壌。

国頭村奥は沖縄では「国頭マージ」と呼ばれる赤土に覆われています。

サンゴ礁に囲まれた沖縄に多くの土壌は石灰質のアルカリ性ですが、

この「国頭マージ」は沖縄では珍しい茶作りに最適の酸性土壌、

80年前に始まった沖縄の茶作りが次々と淘汰されていくなか、

お茶の木が好む土に恵まれた国頭村奥地域だけが

南国の茶どころとして生き抜き、現在に至っているのでした。

やんばるの山々に囲まれた奥の茶畑は

亜熱帯の丘陵地帯にあるため、平地に比べ寒暖の差が大きく、

温暖な黒潮からは湿気をたっぷり含んだ空気が運ばれ、

朝晩など頻繁に濃い霧がかかるそうです。

激しい気温差と頻繁にかかる霧。

この二つは世界の代表的なお茶の生産地に共通する条件。

昔は道路もなく、高速道路が開通した今でも那覇から3時間ほど、

アクセスには恵まれない本島最北端の最果ての茶畑は

お茶の神様に選ばれ、祝福された場所なのでした。

手つかずの大自然にはぐくまれ、

数々の苦難の歴史を乗り越えて、

やんばるの斜面にひろがる緑の宝石。国頭村奥の茶畑。

3月に日本一早い新茶「一番茶」が、

5月に「二番茶」、訪れたこの時季は「三番茶」、

その後の「四番茶」まで、収穫の季節が続きます。

奥のお茶を淹れる度にこの美しい光景を思い出すことでしょう。

80年生き抜いた茶畑にリスペクト。

(写真は)

亜熱帯の森の斜面に広がる国頭村奥の茶畑。

自由奔放なジャングルの緑と

美しく手入れされた茶畑の畝のコントラストが印象的。

八十八夜よりも三線の調べが似合う茶畑だった。