ゆいまーるストア

「共同」と書いて

「ゆいまーる」と読むんだね、きっと。

沖縄最北端の「共同売店」は

100年前から続く「ゆいまーるストア」。

「奥」に暮らす人々の心が集う場所。

奥共同店。

夏の沖縄旅2016リポート、旅の後半は本島編。

自然・歴史・文化に触れる本島中部、南部ドライブに続き、

旅の4日目、沖縄自動車道から国道58号線をひたすらを北上、

亜熱帯の大自然に抱かれた本島北部「やんばる」へ。

沖縄本島最北端の辺戸岬に到達、そこから東へ向かう58号線は

行きかう車もほとんどなく、ますます秘境ムードが高まります。

「ヤンバルクイナ注意!」の黄色い看板に続いて、

「国道58号ROUTE 奥」の道路標識が現れました。

念願の国頭村「奥集落」に到着です。

ヘゴやシダなどの亜熱帯植物が繁る山あいに

ぽっかりと開けた狭い谷間に

沖縄本島最北、最果ての奥集落がありました。

昔ながらの瓦屋根の民家が肩を寄せ合うように集まり、

まるで隠れ里のような風情が漂います。

そんな集落の中心部にあるのが「奥共同店」。

平屋建ての建物に堂々と誇らしげに店名が掲げられ、

店の前には無人のガソリンスタンドが併設。

お隣には駐在所、郵便局などがあり、

ここが集落の心臓部であることを物語ります。

「奥共同店」は地域住民が共同で出資して運営する

沖縄独自の「共同売店」の県内1号店。

いわば沖縄式コミュニティー&コンビニストアの発祥の地。

始まりは1906年(明治39年)。

一軒の雑貨店が集落に寄付されたことから生まれました。

生活必需品の販売のほかに、発電、製茶、金融にも携わり、

1950年代に道路が開通するまではやんばるの木材を積んだ自前の船で

那覇と交易を行っていたというのですから驚き。

海の向こうには与論島が見える地の利を生かして、

琉球王府の時代から交易の拠点として栄えていた奥。

奄美と琉球を結ぶ主要な港として森から切り出した材木を

やんばる船が首里に運んでいたのだそうです。

奥100年の歴史は凄い。

さらに共同売店には「学資立替」と呼ばれる制度があり、

集落から良い人材を育てようと、

共同売店が学資を出していた時代もあったようです。

やんばるの山奥に暮らす人々にとって、

「奥共同店」はプチ総合商社のような大切な存在なのでした。

人口200人余りとなった現在でも地域の絆を支える大事な場所を

ぜひともこの目で見てみたい。長年の念願かなってやってきた旅人、

名実ともに奥集落のオアシス「共同売店」を訪ねてみましょう。

正面に車を停めて、いざ店内へ。

見た目はいたって普通の地元コンビニという感じですが、

「秋まきのタネ発売中」「こども110番の家」などなど

自動ドアのガラスには暮らしに直結したたくさんの貼り紙が。

中には「ネコに食べられているやんばるの動物たち」との写真入りで

「ネコは責任持って飼いましょう」という啓発チラシも。

むむむ、実にやんばる的だ。奥の暮らしを垣間見る。

お店の中は食料品に日用品、農業用品に釣り用具、

昔懐かしいクバ笠や月桃で編んだ沖縄民具もあります。

道路が通じた今でも最寄りのスーパーまでは20数キロという奥集落。

暮らしに必要なものは大抵揃っています。

そして、ありましたありました、「日本一早い新茶」。

香り高い「奥みどり」の生産地として知られるお茶どころ奥。

「ゆたかみどり」に「印雑」が主な品種のようですが、

味わいはどう違うのでしょう?

「あのぉ、ゆたかみどりと印雑、味は違うんですか?」

レジにいた店番のおじさんに聞いてみる。

「う~ん、ゆたかみどりはまろやか、

印雑はアッサム系だからね、香りがいいよ」と即答。

さすが、地元、商品知識も抜群と感心したのですが、

実は、このおじさん、ただの店番ではなかった。

旅は触れあい、話してみるものだ。

沖縄本島最北端の奥共同店。

地域の心が結ばれたゆいまーるストアのお話は

また明日へと続くきます。

(写真は)

一見ごく普通の地元コンビニ風。

しかし「奥共同店」は

暮らしを守る集落の中枢的存在。

奥の霞が関?永田町?それとも築地?

100年経った今も集落のライフラインだった。