屈折と赤い手

赤々と燃えるレンガの薪窯。

水の中でゆらゆら揺れる大きなお豆腐。

茹でたての大豆を搾る甘い匂い。

懐かしいお豆腐屋さんの風景が蘇る。

それは、「間嶋さん」。

今朝の北海道新聞の生活面に

1916年(大正5年)創業の老舗豆腐店として

室蘭市輪西町の「間嶋豆腐店」が紹介されていました。

創業当時から受け継ぐ薪窯で、毎朝手間ひまかけて作る豆腐は

もめんのみ、1丁1キロもある、と書かれています。

うふふ、今も変わらないのね~。あの大きなお豆腐。

そうだ、小さな頃ボウルを持って通った「間嶋さん」だ。

生まれ育った輪西町は製鉄所の門前町。

家から歩いてすぐの角を右に曲がって4軒目くらいだった。

「間嶋さんで、揚げとお豆腐買ってきて」。

母から小銭を渡されて、よくお使いにいったものだ。

木のガラス戸を開け放した店からは

毎朝もくもくと大きな白い湯気が上がっていたっけ。

「ごめんください」と声をかけて店に入る。

すぐ手前には大きな赤レンガの薪窯があって、

焚き口から赤々と燃える薪の炎が見えた。

その上の大鍋の油の海で悠々と泳いでいた大きな三角揚げ。

薪窯の前で長い箸を操り、揚げをひっくり返していたのは

白い長靴に白く長い前掛けのおじいさんの時もあれば、

同じ格好で三角巾を被った細身のおばあさんの時もあった。

「あの、揚げと、お豆腐下さい」。

「はい、いつもありがとうね」。

小銭を差し出す幼い私にどちらの「間嶋さん」も

手早くささっと揚げたての三角揚げを紙に包み、さらに新聞紙でくるみ、

ゆらゆら揺れる大きなお豆腐をさっと水から引き上げ、

くるりと経木にくるんでビニール袋に入れて渡してくれたものだ。

無駄のないその一連の手の動きをじ~っと見つめていたっけなぁ。

水の中では巨大に見えるお豆腐が

「間嶋さん」の手でさっと引き上げられると

普通の大きいお豆腐になるのが不思議だった。

熱い薪窯の前と冷たい水の中を行ったり来たりするその手は

いつも清潔で、いつも忙しく動いていて、そして、いつも赤かった。

お豆腐屋さんで私は屈折の原理や働く手の美しさを学んだ。

「間嶋さん」は理科と社会の教科書だった。

以前ラジオの朝番組で「間嶋さん」のことを話したら、

現在のご主人から番組宛てにメールを戴いたことがありました。

百年続く老舗の豆腐店の5代目はHPも開設されていて、

創業当時からの真面目な製法を守りながら、

さらに多くの人に「間嶋さん」の美味しいお豆腐を

知ってもらおうと努力されています。

HPにはあの懐かしい赤レンガの薪窯の写真もありました。

百年現役の働く薪窯。

ああ、あの揚げたての三角揚げに

ちょちょっとお醤油垂らして頬張りたい。

ちょっと固めの大豆の香りいっぱいのお豆腐を

カレースプーンですくって食べたい。

真面目な「間嶋さん」、

この先百年もどうぞ変わらずに商売繁盛で。

(写真は)

今のご近所に「間嶋さん」はないけれど、

可愛い花壇のお花たちがいた。

よっこいしょ。

大地を押し上げるように春が咲いている。