白い爪

日に当たらないその脛は白く、

男性にしては華奢な足のつま先は

痛々しい巻き爪になっていた。

ごめんね。

「爪切って」って言えなかったんだね。

朝刊の読者コラムを読んでいるうちに

ふと、亡き父の晩年の姿を思い出しました。

70代後半の女性が投稿した文章は

不慮の骨折で家族の世話を受けるようになったわが身と

脳梗塞を患っていた亡き母を重ね合わせて綴ったもの。

きっかけは足の爪。

ある時は鬼のように長かったり、

ある時は深爪をしていた痛々しかった足の爪。

不自由な身で思うように爪が切れないと嘆いていた母。

まわりの家族は優しく世話してくれていたけれど、

「爪を切って」とは言いだせなかったあの頃の母の気持ちが

今なら痛いほどによくわかるという内容でした。

頼めばすぐ切ってくれるだろう。

でも違う。足の爪くらい自分で切りたい。

世話になるばかりではなく、

自分も役に立ちながら対等に生きていたい。

でも、それはもはやかなわず、

のびる足の爪を眺めてため息をつく。

亡き父もそうだったのだろうか。

昔から女性のように色白で華奢な足の持ち主でしたが、

不慮の交通事故にあってから体調を崩し、歩行が難しくなり

ますますその脛は白さをましていきました。

人間歩かなくなると、足の爪も変形するらしく、

親指の爪は痛そうな深い巻き爪になってしまいました。

何度か病院で処置をしてもらいましたが、

こんなになる前に一言

「爪を切ってくれ」って言ってくれれば良かったのに。

娘の私はそう思ったのでした。

でも、そうか、言えなかったんだね。

いや、言いたくなかったんだね。

自分の足の爪くらい、自分で切りたかった。自分で何とかしたかった。

母はよく私に言っていた。

「あなたの手足はお父さんに似て良かった」と。

確かに足の形は亡き父によく似ている。

爪先にはサロンで塗ってもらった綺麗なネイルカラーが施され、

もちろん巻き爪もなく今は健やかそのものだけど、

いつかこの爪を自分でケアできなくなる日が私にもやってくる。

誰もが老いるということをつい忘れてしまうけど、

小さな足の爪が老いの平等を教えてくれる。

背中を曲げて自分の足の爪を切れなくなった時、

老いた自分は誰にどう頼むのだろうか。

ケアの原点は想像力にあるのかもしれない。

お父さん、気づいてあげられなくて、ごめんね。

天国で足の爪、どうしてる?

自分でパチンパチンっと切っている?

父の白い爪。

なぜか思い出す週末です。

(写真は)

北海道神宮の表参道に面して

新しいスターバックスが開店。

冬の夕暮れ、店内の窓からは

美しい円山公園の雪景色が広がる。

物想いに耽るには最高のロケーション。

父もコーヒー大好きだったな~。