三等列車とリカちゃん
今年はリカちゃん、かぁ。
意外に身近な題材から始まった試験問題、
受験生の鉛筆の進み具合は
どうだったのでしょうか。
センター試験が行われる週末、
今朝の朝刊にも1日目の問題と正解が掲載されていました。
さあて、ちょいと頭の体操、してみますか。
毎年恒例、得意科目(笑)「国語」の問題にチャレンジ。
どれどれ、まずは第1問。
「着せ替え人形のリカちゃんは・・・」、ほよっ?リカちゃん?
身近なワードに緊張もちょっととける、かな。
土井隆義『キャラ化する/される子どもたち』からの出題。
価値観が多元化した現代における人間関係を
リカちゃんやミニーマウスなどのキャラを題材に論ずる文章で
いまどきの受験生世代にはピンとくる内容と思われます。
へぇ~、「外キャラ」に「内キャラ」ねぇ~、
複雑な人間関係を生き抜くために今の子たちは
色々なキャラを使い分けているのねぇ~、
な~んて昭和世代は興味深く読みこました。
続く第2問はうってかわって、一気に昭和。
佐多稲子の小説「三等列車」の全文からの出題。
舞台は1950年代。キャラ化の現代から半世紀以上昔のお話。
なるほど設問の冒頭で「当時、鉄道の客車には
一等から三等までの等級が存在した」とご丁寧な解説が。
だよねぇ~、現代っ子には「三等」の意味からしてわからないかもね。
昭和の受験生には解説不要だけど(笑)。
この「三等列車」が、実に味わい深い。
試験問題だけど、解くことを忘れてしまいそうなほど、
深い余韻の残るいい小説なのです。
東京から鹿児島行きのごった返す三等列車の車内で
闇で切符を買い、何とか座席に座れた「私」は
ある親子連れに遭遇します。
ぐずる赤ん坊を背負い、小さな男の子を連れた若い母親。
隣でいらだっていた若い父親は一人列車を降りてしまいます。
東京での生活が立ち行かなくなり、やむなく母子だけ
郷里の鹿児島へ戻る旅だということを「私」は
「ねんねこの襟の下に赤いセーターを見せた」、
「パーマネントの髪はばさばさして、口紅がはずれてついている」
母親の問わず語りから知るのでした。
ゆとりのない暮らし、疲れた親の姿を、
ただじっと、大人しく、見つめるしかない幼い少年が
車窓の景色を追いながら、まるで歌うようにひとり言のように
何かを小さく呟く場面で小説は終わります。
「父ちゃん来い、父ちゃん来い」と。
ぐっと来る。たまらない。
目の前に「三等列車」の情景が浮かんでくる。
おっと、いかんいかん、
感動している場合じゃなかった、問題とかなきゃ(笑)。
設問にはこの「父ちゃん来い」に対する「私」の心情を
幾つかの選択肢から選ぶものもありました。
もちろん得意科目(笑)、とりあえず正解、でしたが、
アタシは受験生じゃないし、時間制限もないし、
ここは試験会場じゃなく我が家の居間だし、
もう少し、「父ちゃん来い、父ちゃん来い」の余韻に浸りましょう。
泣かせるよぉ。
「父ちゃんとこ行く」でも「父ちゃん来て」でもなく、「父ちゃん来い」。
どんなに父ちゃんと離れたくなくても、
幼い自分にはどうすることもできない。
一人で東京の父ちゃんとこに行けるわけもない。
父ちゃんに会いたいって母ちゃんにも言えない。
だから飛びゆく車窓の景色に向かって呟く。
「父ちゃん来い」。
日本がまだ発展途上だった1950年代、
社会も大人も暮らしにいっぱいいっぱいだった時代、
小さな子供なりに大人の事情は痛いほどわかっていて、
わがまま言えずにいたんだろう。
列車の揺れにのせて自然とこぼれた幼子の切ない願望。
「父ちゃん来い」。
センター試験を解くつもりが、
すっかり小説世界にはまってしまいました。
平成生まれの受験生には「父ちゃん来い」、
どんな風に響いたのでしょうか。
真剣勝負のさなかでも心を揺さぶる場面だったかもしれませんね。
「闇」「所帯」「ねんねこ袢纏」。
昭和の言葉はちゃんと注釈されていました。
三等列車とリカちゃん。
試験問題を深く味わう日曜日の朝。
ああ、受験は遠くなりにけり(笑)。
(写真は)
リカちゃんにお似合いなカラフルスイーツ。
若者に人気のバンコク発のカフェにて。
色とりどりのチョコチップが夢のよう。
「父ちゃん来い」の男の子にも
食べさせてあげたいな。

