18歳だった

「一票 18歳から」。

朝刊の大きな見出しが晴れがましい。

240万人の若者が新たに有権者の仲間入りだ。

制服やジャージー姿で投じる一票が未来を作るんだ。

新しい船出だね。

昨日の参院本会議で改正公職選挙法が可決、

選挙権年齢が「18歳以上」に引き下げられることが決まりました。

来年夏の参院選から18歳、19歳の若者が

新たに有権者として一票を投じることになります。

少子高齢化、人口減社会の真の当事者となるのは若者世代、

「未熟だ」「まだ早い」などの意見もありますが、

当事者抜きでオトナがあれこれ勝手言ってるのもどうかと思う。

18歳ってオトナが思うよりけっこう「大人」なのかもしれないし。

18歳とは「完全におとなになる年」。

今朝の天声人語が動物行動学者デズモンド・モリスの

「年齢の本」から引用した18歳の定義を紹介していました。

「生まれ育った環境から自分の根っこを引き抜く年である」と。

なるほどね~、そうだ、確かにそうだった。

遥か昔に18歳だった自分も18歳で遠くの大学に進んだ息子も

この年で一人暮らしを始めたわけで、

そう、結果的に自分の根っこを引き抜いたってことだもんねぇ。

正確には経済的なパイプラインは親元につながっている

「部分的自立」ではありますが、

若い根っこが生まれ育った環境とは違う土、水、空気に触れ、

細いヒゲ根っこを一生懸命伸ばして生きることを決断した年、

それが18歳だったんだよねぇ。

水道代に電気代、ガス代、当たり前に使っていたライフラインも

ちゃんと自分で料金払わないとダメだって初めて気づいたり、

そうすると電気代の値上げのニュースだって「当事者」になってくるわけで。

18歳は充分な大人ではないかもしれないけど、

大人が心配するほどコドモではないと思う。

ということは、子育てとは、どこでも生きていけるように

子供の「根っこ」をたくましく育てるってことなんですね~。

どんな葉っぱが出て、どんな花が咲き、どんな実をつけるか、

それは親元という畑ではわからない。

親ができることは土の下のひょろひょろの根っこが

雨や嵐、日照りや乾燥にも負けないよう、丈夫に育てることだけなんだな。

いつか根こそぎ巣立つその日まで。

そんな母心に浸る自分も、かつて18歳だった。

はじめて東京で一人暮らしをした小さなアパート。

隣の部屋から毎日仏壇のお鈴を鳴らす音が小さく聞こえていた。

その頃の私には「おばさん」に見えたお隣の女性は、

今思えば、せいぜい40代後半、今の自分よりも若かったはず。

学生中心の小さなアパートで小さな仏壇を守りながら、

毎日決まった時間に出かけ、規則正しく帰ってきて、

たまに友達らしき相手と延々と長電話をしていたお隣さん。

会話を交わすこともなかったけど、

18歳なりにどんな人生ドラマがあるんだろうかと思ったりした。

自分の育った畑しか知らなかったひ弱な根っこも

色々な人生があることを知り、想像することを学んだ。

アパートの窓ひとつひとつに人生のドラマがあることを。

父がいて母がいて姉がいて平凡で幸せな4人家族だけが人生じゃないと

お隣のかすかなお鈴の音が教えてくれた。

たくさん学んだ。

そうだ、かつて、私も、18歳だった。

(写真は)

すくすく育ったホワイトアスパラ。

お日さまに当らないように超過保護に育てられた(笑)

箱入り娘のお肌は美白そのもの。

禁断のマヨをつけていただきました。

とまらない・・・。