22グラムの紫鈍
いつもよりゆっくり目覚めた土曜日の朝、
のんびり朝ごはんを食べている夫にキッチンから声をかける。
「ねえ、何か、言うことなぁ~い?」。
「ん?ああ、美味しいよ、さっきも言ったよ」。
「じゃなくて、何か、ほかに・・・」
「・・・あっ!、お、お誕生日おめでとうございますっ(汗!)」。
3月14日、50ん回目のお誕生日の朝は
実に長年連れ添った夫婦らしい会話で始まりました(笑)。
いいんです、いいんです。
誕生日プレゼントのお洋服は既に前倒しでもらっちゃてるし、
ホワイトデーのお菓子も昨日、いただきましたし、
今夜は実家の母と3人でお祝いごはんにでかける予定だし、
実質、夫としての責務は充分果たしておりますから、
朝いちばんの「おめでとう」まで要求するのは、高望みというもの(笑)。
かく言う妻も去年の夫の誕生日当日に「おめでとう」言ってあげるの、
うっかり忘れちゃってたもんね~、ごめんね~、人のこと言えないね~、
ま、これでおあいこってことで(笑)。
そんな夫婦の平和な会話のさなか、
立て続けに私の携帯にメール着信を知らせるアラームが。
「野宮範子さま、お誕生日、おめでとうございます♪」
利用しているプロバイダーやら旅行サイトやら、
複数のインターネットサイトからのお祝いメールが続々と。
夫が「おめでとう」を忘れても、デジタル世界は律儀に覚えている(笑)。
実に今日的な状況に、思わず二人で笑ってしまいました。
生まれた時はフツーの3月14日でしたが、
いつのまにかホワイトデーという甘いプレゼントがさらにもらえる日に昇格、
「今年は何がよろしいですか?」という夫にリクエストしたのは
22グラムの幸せ。
漉し餡を極めた小さな小さなおまんじゅう。
「山田屋まんじゅう」であります。
創業慶応三年という愛媛県松山の名物まんじゅう。
数年前の四国旅で味わって以来、マイベスト饅頭のひとつとなりました。
残念ながら県外には出店していませんが、
「大丈夫、札幌三越の菓遊庵で買えるから。
え~っと、おお、ちょうど木曜日に入荷します!グッドタイミング!」。
デパ地下の和菓子セレクトショップで手に入ることをスマホで確認、
オファーを出して、後は、夫が購入するだけ(笑)。
「はい、ホワイトデー、おめでとうございます」(?)
夫から恭しく差し出された恋しい「山田屋まんじゅう」。
シンプルで上品なデザインの箱を開けると、
可愛い可愛いおまんじゅうがお行儀よく並んでいます。
大きさは3センチほど、一個22グラムという一口サイズがたまらない。
柔らかな和紙の包み紙をそ~っと開けば・・・
・・・う~ん・・・この美しい色を何と表現したら良いのでしょう。
あるかなきかの透き通った衣を通して
丁寧な手仕事で作られた極上の漉し餡の色がそのままに。
初代から140余年に渡り「一子相伝」の昔ながらの手のかかる製法が
今も受け継がれているそうです。
上質な北海道産の小豆と上質な白双糖を使い、
小豆の皮を丁寧にむき、それは丁寧にさらして作られているのでしょう。
そう、これは、漉し餡の極み。す。
その淡い色合いは、小豆色ではなく・・・薄墨色・・・薄紫色・・・、
う~ん、どれも近いようで、遠い。
日本の伝統色を網羅した「日本の色事典」で調べてみると・・・
これだ・・・いちばん近い色に思われる色を見つけました。
「紫鈍」(むらさきにび)。
紫根で淡く染め、淡い灰色を重ねた、墨入りの紫というべき色、
と解説されています。
口に入れたとたんにさらりとあえなく溶けていく
はかなくも美し過ぎる漉し餡よ。
そう、あなたを表すのにふさわしい色の名前は「紫鈍」。
源氏物語の「葵の巻」には
葵上が亡くなった折、光源氏が弔問の返書に用いた紙が
「紫のにばめる紙」であったと書かれています。
美し過ぎる22グラムの紫鈍のおまんじゅうに
薄幸な美女の運命を重ねてしまう誕生日前夜でありました。
松山の小さなお饅頭に魅せられた著名人は多く、
吉田茂元首相もこよなく愛し、国葬の日の霊前にも供えられたそうです。
山田屋まんじゅうのHPには著名人の一句が載っていますが、
南伸坊さんの「一口に 尽せぬ甘み 一口に」にしみじみ。
確かに22グラムの紫鈍のおまんじゅうには一言で尽せぬ味わいが。
優しく、そして何故か、かすかな切なささえ感じる究極の漉し餡。
日本でいちばん文学的なおまんじゅうかもしれません。
(写真は)
この簡素で上品で美しい意匠。
日本の美意識が
小さな22グラムに込められています。
松山の山田屋まんじゅう。
つい、もう一つの誘惑に勝てる自信は、ない。

