ちいさなおうちたち
3月11日。
東日本大震災から4年になりました。
復興が進む地域もありますが、避難生活を送る人は23万人にのぼり、
被災地では仙台市などをのぞく39市町村で人口が約9万2千人減ったそうです。
高齢化、過疎地対策、そして原発事故処理の難しさ。
この国が抱える問題の全てが被災地に凝縮されていることを再認識する朝です。
「在宅被災者」。
けさの「とくダネ!」の映像が捉えたのは被害のなさそうな一軒のおうち。
しかし、玄関の扉を開けると、愕然。
内部の壁や天井はめくり上がり、ダンボールが山積みになったまま。
1階の天井まで津波が押し寄せた当時のまま、
無事だった2階に住み続けているのだそうです。
こうした壊れた自宅に住み続ける「在宅被災者」は
石巻だけでも5000人にのぼるということです。
支援金で最低限の補修はしたけれど、
ちゃんと直そうとすれば相当な費用がかかる。
遅々として進まない復興、将来のプランが描けないなどなど
直すに直せない、それぞれの事情があって、
壊れたままの自宅に住み続けざるを得ないのだそうです。
「それでも自分の家はいいよね・・・」と
自分を納得させるように話す声が切なかった。
家は自らの分身みたいなところがあって、
ちょっと壁紙がはがれたり、うっかり障子を破れただけでも、
自分がケガしたみたいに、痛みを感じるものです。
ちいさなささくれでも、ちゃんと絆創膏を貼らないと、ちりちり痛いのに、
大ケガをした我が家にちゃんとした手当もままならないまま、
その傷口を毎日毎日眺めながら暮らすことがどれほど心に負担を強いることか。
ある在宅被災者のお宅の天井は段ボールで補修されていました。
「津波が持ってきた砂がぽろぽろ落ちてくるんでね・・・」。
4年経っても、震災当時をとどめる自宅と同居せざるを得ない人々の実態は
なかなか把握しにくく、支援の手もまだまだ届いていないということです。
「仮設に住む人に比べれば」「とりあえず住めるんだから」と
自ら声をあげずに我慢をしている場合も多いようです。
でも、おうちの傷は、住む人の心も知らず知らずに傷つけていくもの。
復興に関する複雑な法律の網目から
すっぽり抜け落ちているよう人々がまだまだたくさんいるのですね。
3・11から5年目が始まった春。
ちいさなおうちたちの傷が癒える手立てが少しでも進みますように。
掃除機の先でうっかり開けてしまった障子の小さな穴をふさぎながら願う朝です。
(写真は)
早春の嵯峨野の竹林。
京都を旅した友人が送ってくれた1枚。
竹のしなやかさ、強靭な生命力は
昔から日本のおうちを支えてきました。
天に向かってまっすぐ伸びる竹林の風景に元気をもらって、
さて、障子の穴、どうしようかなぁ。

