雪のお地蔵さん
2015年1月17日。
朝刊一面には阪神大震災から20年を伝える大きな見出しが。
あの日の朝、6434人もの命が失われました。
思わず紙面をめくる手が止まりました。
指しゃぶりをしながらでカメラを見つめる幼子の写真。
亡くなった命の中には生後まもない赤ちゃんもいました。
神戸市長田区の自宅が倒壊、
生後4カ月で亡くなった赤ちゃんの生前の写真でした。
1994年生まれということは息子と同い年です。
我が家のアルバムにも同じようなアングルの写真があります。
寝返りができるようになり、表情も豊かになり、
カメラを向ける親の顔をはっきりと認識し、
愛くるしい笑顔を惜しげなく見せてくれるあの頃、
何枚も何枚もそのあどけない笑顔にシャッターを切ったものでした。
この可愛い赤ちゃんも震災がなければ、
たくましい青年に育っていたはずでした。
がれきの中から、昼過ぎにようやく見つけた時には
ベビーベッドの上で指しゃぶりをしたまま眠っているようだったそうです。
お父さんはその息子そっくりのお地蔵さんを作り、自宅跡に置きました。
震災から10年過ぎた頃から若い家族の住む家が建ち始め、
今では夏の地蔵盆には用意した200袋の箱買いお菓子が足りなくなるほど、
大勢の子供たちが愛らしいお地蔵さまに手を合わせるようになったとか。
「息子はお地蔵さんになってたくさんの友達を増やしているみたいだ」。
お父さんはそう思うようになったと記事は伝えていました。
毎年、1月17日が訪れるたびに
可愛い盛りだった息子を抱っこしながら、
画面に映し出される信じられない被災地の映像に
膝ががくがくしたことを思い出します。
心臓はばくばくと鼓動を打ち、
抱っこひもでぴったりと母の胸に密着していた小さな息子も
何かを感じていたかもしれません。
阪神大震災の被災者への調査によれば
亡くした家族を今も「どうしようもないほど恋しく、いとおしい」と
感じる人が半数以上だったそうです。
20年の歳月は愛する人を喪った喪失感を癒すには
まだまだ、まだまだ、全然、まったく、足りないということですね。
もし、私があの赤ちゃんの母親だったなら。
絶対に今も「どうしようもないほど恋しく、いとおしい」に違いない。
1月17日の朝。
ただ静かに降る雪に祈る。
お地蔵さんになった小さな命が、
お空の上で幸せでありますようにと。
(写真は)
この時期になるとご近所のお店に並ぶ
愛らしい雪だるまのおまんじゅう。
まんまるいフォルムがちょっとお地蔵さんに似ている。
思わず手を合わせた。

