誠実なラスク
おいしいパンは二度焼いてもおいしい。
美瑛の元気な小麦で作ったパンがおいしいお色直し。
絶品ラスクになりました。
美しい丘のまち美瑛の「ゆめちから食パン」も感動でしたが、
同じJA美瑛のアンテナショップ「美瑛選果」の人気お土産
その名も「びえいのラスク」も実に美味しゅうございました。
原料の小麦、バター、牛乳はもちろんすべて美瑛産。
食感はあくまでサクサクサクサク、軽やかでクリスピー、
そして鼻腔いっぱいにひろがる芳醇なバターの香り、
余計な手を加えない、でも手は抜かない、誠実なラスクです。
ラスク。
語源は「二度焼きのパン」という意味のスペイン語の「ロスカ」。
固くなったパンを卵白やお砂糖を載せてもう一度焼くことで
保存性を高め、美味しく食べようと発明されたラスクは
ヨーロッパ版の「もったいないお菓子」。
大航海時代、探検家マゼランが長い遠洋航海にも持っていったとか。
軽やかなサクサクお菓子には
壮大な歴史ロマンも秘められているのですね~。
今ではチョコでコーティングされたり、
イチゴや抹茶などさまざまフレーバーの進化系ラスクが人気ですが、
ちょっと武骨な昭和のラスクがふと懐かしく思い出されます。
パン売り場の隅っこに申し訳なさそうに置かれていた茶色のラスク。
食パンのカタチそのままに二度焼きされ、
ちょっと強めのシナモンとお砂糖がべっとりと沁み込んでいて。
耳は固く、真ん中はいささか湿り気味で
今のラスクみたいにサクサク食感などはまったくなくて。
いかにも「すみません、再利用なもんで・・・」的な地味~な菓子パンだった。
「好きなパン、買っといで」とお駄賃を渡された子供が
いちばん先に選ぶパンではなかったなぁ。
なのに、あの頃、真っ先に選んだパンの記憶はおぼろげなのに、
不器用で地味な昭和のラスクのことは覚えているのはなぜだろう。
別に大好きでもなく、買った回数も少ないのに、
あの頃はあまり好きじゃなかったシナモンの香りが蘇ってくる。
ほかの自信たっぷりの菓子パンのことは忘れているのに。
なぜだか忘れられない不思議な昭和のラスク。
記憶というのはそういうものかもしれない。
小学校の時、仲良しだった友達は顔も名前もあやふやなのに
あまり遊んだこともなかった何人かのことが
ふと記憶の海からぽっかり浮かびあがってくることがよくある。
家の事情で学校へ来れなくなった男の子とか
何故か陰口を囁かれていた女の子とか。
当時の私は噂話の中心から遠いところにいて、
よくわからなかったけれど、今なら、想像がつく。
児童虐待とか差別という言葉も知らなかった残酷な子供の世界。
隣の机ではなかったけど、同じ教室で勉強していたのに
級友の悲しみや苦しみに何にも気づいていなかった自分の幼さと無知。
そのかすかな苦さが記憶の海の中から
いつまでも溶けない泡のように時たま顔を出す。
だから、よく遊んだ友達の名前は忘れていても、
彼らの名前ははっきり覚えているのかもしれない。
ラスクと何の関係もないけれど、二度焼きで美味しくなるパンもなる。
人生の折り返し地点を過ぎた今、
何故か忘れられない級友たちの幸せをただ祈りながら、
サクサク・・・誠実なびえいのラスクをじっと味わうのでありました。
(写真は)
小麦とバターとお砂糖の美味しさが純化した
「びえいのラスク」。
余計な手をかけない、しかし手は抜かない。
真面目なラスクはついついもう一枚と手が伸びる。
ちょっと罪作りなお菓子であります(笑)



