台所のアンティーク
ゴロゴロ、ガラガラ、
暮れの27日の土曜日、年の瀬の街に
キャリーバッグを引きずる賑やかな音が響いていました。
官公庁や多くの企業は既に年末年始の休みに入った初日、
駅周辺のショッピングビルは帰省客で大混雑、
札幌駅から故郷へ帰る人々、札幌駅に帰ってきた人々など
それぞれのキャリーバッグが向かう先には
あったかい「おかえりなさい」の声が待っていることでしょう。
祝い箸など細々したお正月用品を買い足しに出かけた街は
年末らしい賑わいに満ちていて、
増税、値上げ、色々あった1年だったけど、
つつましくも新しい年を迎える準備をできる幸せに感謝しました。
なにはともあれ、2014年もカウントダウンに入りつつあります。
さあさ、急いでお買い物を済ませなくちゃ。
黒豆や煮物などおせち系は実家の母にアウトソーシング(笑)
私は前菜&メイン&デザート系を担当、
ここ何年も母子の分業制度が自然に出来上がっていて
暮れに忙しい時期にお豆ことこと煮る作業からは解放されています。
しみじみと親とお鍋に感謝です。
つい先日、ちょっと多めに豚汁を作ったからと
母が小鍋ごと差し入れてくれたのですが、
その小さな両手鍋に思わず見入りました。
「まだ、これ、使ってたんだ・・・」。
可愛い耳のような取っ手がついたアルミ製の小さな打ち出し鍋。
故郷室蘭に住んでいた小さな子供の頃から見覚えがあります。
かつて暮らした家の台所の隅にちょこんと置かれていたっけ。
お味噌汁や煮物の残りなどを取り分けておくのにちょうど良いサイズ。
何でもかんでも保存容器に入れて、
電子レンジでチンできる時代ではなかったから、
小さなお鍋はよく活躍していた。
働く母が小鍋のお味噌汁だけでささっとご飯を済ませていた場面が蘇る。
一晩経ったワカメのくすんだ緑色が妙に記憶に残っているが、
子供の私は翌朝の夕餉の味噌汁を食べた覚えがあまりない。
それはそうだ、きっと母が一手に引き受けていたのだろう。
子供にはいつも煮えばなの味噌汁を。
親というものは、そういう生き物だ。
昭和から平成へ、長年働いてきた小さな両手鍋は
きれいに手入れされて、磨かれて、蓋のふちまで銀色に光っていた。
決して豪勢なメイン料理を担うことはなかったけれど、
台所になくてはならなかった日常の小さな名脇役に
変わらぬ愛情を注ぎ続けてきた人の思いに、娘ながら、感動した。
暮らしを大切にするって、こういうことなんだろうな。
毎日毎日、現役で使われ、きれいに手入れされ、磨かれた小鍋。
その控えめな銀色の輝きは、
もはやアンティークの域に入れてあげたいくらいに、美しい。
年末年始の帰省シーズン、
もしかすると久しぶりに帰った故郷の台所には
そんなアンティーク鍋がまだ現役で頑張っているかもしれません。
無口な名脇役にもねぎらいの心を忘れずに、
さあ、賑やかな年の瀬であります。
(写真は)
50年経てば、小鍋も立派なアンティーク。
時と愛情が日常品を芸術に昇華させる。
素敵なものって、案外身近にあるものだ。



