沖縄モダン

9月の沖縄でちいさな秋を探す旅。

本島中部の中城村の陶房「火風水」から読谷村へ。

沖縄のカタチを求めて「やちむん」を愛でるドライブを続けています。

「島やさい食堂 てぃーあんだ」で真心こもったお昼ごはんを頂き、

心身ともにしっかり充電、さあ、焼き物好きの聖地、

読谷村「やちむんの里」へと山道を登っていきましょう。

沖縄の焼き物「やちむん」の歴史は

自然の恵みを受け、交易を盛んに行っていた琉球王朝の時代に遡ります。

諸国の陶磁器が豊富に持ち込まれた15世紀頃からその技術が発展し、

17世紀には尚貞王が首里城近くに各地の陶工を集め、壷屋焼が誕生。

釉薬をかけず土の香りを濃く残した荒焼(アラヤチ)、

釉薬で彩りを加えた上焼(ジョーヤチ)の2種を軸にやちむん文化が開花しますが、

明治維新により琉球王国が沖縄県になり、官窯が民窯となるとともに、

本土からの安価な焼き物に押され、壷屋焼は衰退してしまいます。

その危機を救ったのが柳宗悦らによる民藝運動でした。

暮らしの中で愛されてきた「用の美」を沖縄のやちむんに見出だし、

感銘した彼らはその素晴らしさを国中に伝えたのです。

こうした民藝運動家との交流により復活した壷屋焼ですが、

戦後の復興とともに今度は公害問題に直面、

街の中で登り窯の煙を上げることが難しくなり、

本土復帰の72年、のちに人間国宝となる金城次郎が読谷村に移住。

「ゆいまーる(相互扶助)」精神のもと、

共同体であることを条件にした「読谷村文化村構想」が本格化します。

これに賛同して1978年に大嶺實清、山田真萬ら4人の陶芸家が移住、

村から提供された元米軍用地に9連房からなる登り窯を築きました。

自然と村の暮らしに溶け込みながら作陶に没頭できる理想郷に

次代を担う多くの若者たちも刺激を受け

今では14の窯元が集まる「やちむんの里」となり、

全国から焼きものファンが訪れる陶芸の村となったでした。

「わ」ナンバーの私のレンタカーが向かっているのは

その読谷村「やちむんの里」の一番奥にある窯元。

理想郷の黎明期を支えた沖縄陶芸界の巨匠、大嶺實清さんのギャラリーです。

個性あふれるさまざま窯元を通り過ぎ、山間の緑の小道をさらに進むと、

その先に大らかな亜熱帯の木々に囲まれた工房が見えてきました。

憧れの大嶺工房を訪れるのは去年の12月に続いて今回で2度目。

冬はギャラリーの真ん中に炉が切ってあって、

鉄瓶がしゅんしゅん湯気を立てていましたが、

最高気温33度の秋の初めは涼やかな木の床に

大らかでモダンで存在感あふれる「やちむん」たちが

緑の風に吹かれて気持ちよさそうに並んでいて開放感たっぷり。

「こんにちは、お邪魔します」と声をかけて、靴を脱ぎ、中へと入ります。

ギャラリーのカウンター横のテーブルからは

何やら楽しそうに会話する主らしき人物とお客さんの姿が。

ん?おや?

先客の男性と快活に話している赤いシャツもお洒落な白髪のあの方は・・・

もしかして・・・大嶺實清さん、ご本人?

私と目が合った瞬間、そのチャーミングなおじいさんがにかっと笑った。

「やあ、いらっしゃい。暑いね、秋でこの暑さだよ。

沖縄は熱帯だな、亜熱帯じゃなくって熱帯」。

おお・・・次の人間国宝と噂される巨匠が、なんと気さくな。

「札幌から来たので、この暑さも嬉しいですよ」と

ちょっとどぎまぎしながら答える(笑)。

37歳で高校教師を辞め、アート活動に打ち込み、

やがて「土」の魅力にとりつかれ作陶の道へ入り、数々の名品を生み出す傍ら、

沖縄県立芸術大学で後進の指導にあたり、学長まで務めた大嶺實清さん。

その前衛の気風や斬新な感覚、そして豪放磊落な人柄は人々を魅了し、

沖縄やちむん界のカリスマといっても過言ではありません。

四方から風が吹き抜ける開放的なギャラリーに佇む作品群は

モダンでありながらどこか古代の土の匂いが漂い、

お喋りなようでいて思索的、冷たいようで温かい。

アッハッハッハ~と快活に笑いながらもその目は哲学的な光を放つ、

目の前の陶芸家その人自身のようであります。

やはり、器は人。人は器だ。

大嶺工房に一歩足を踏み入れると、まるで道場のような、

そこに漂う静かな情熱に一瞬身が引き締まります。

その心地よい緊張感がたまらなくて、また訪れてしまう。

心静めてちょっとサムライ気分で(笑)、作品を眺めていると、

剣豪・・・いやいや大嶺實清さんが気楽に声をかけてくる。

「どう?コーヒー飲まない?」

「あ、はい!喜んでいただきます!」

「じゃ、淹れてあげて、美味しくね」

傍らの老婦人(奥さま?スタッフ?)にオーダーしてくれた。

おお、大嶺實清からコーヒーをご馳走になる。

これは器好きとしては歴史的事件であります(笑)。

日記にきちんと書いておこう(つまりブログにね)。

おだった私は、調子に乗って失礼を承知で伺ってみた。

「お写真撮ってもよろしいですか?」

大嶺さん、またにかっと笑って一言。

「あー、写真はねー、アレルギーなんだよねー、ぶつぶつ出るの」。

失礼いたしました!でも何て、チャーミングなノーサンキューだろうか。

「写真はだめだけど、ほら、コーヒー入ったよ」。

ありがとうございます。

大嶺工房の器に入った淹れたてのコーヒーには

小さな焼き菓子と小さな羊羹まで添えられています。

「外のお席で飲むと気持ちいいですよ」老婦人のお勧めに従って

そ~っとお盆を持って、開放的な縁側テラスに。

読谷村「やちむんの里」のいちばん奥に佇む工房はその周りを

自由奔放に葉や枝を伸ばす亜熱帯(熱帯?)の木々に覆われ、

時折、天使の羽ばたきのような微風が通り抜ける。

横の木のベンチには鮮やかなペルシャンブルーのシーサーが

哲人みたいな顔して置かれていた。

沖縄モダンに囲まれて、時間が、止まった。

いつか、この哲人シーサーを連れて帰りたいものだと思いながら、

今回はお目当てのペルシャ釉の大鉢と真四角の角皿を買いました。

「ごちそうさまでした」。

カウンターにコーヒーカップをお返しし、器の発送手続きをしてもらう。

傍らで80を過ぎたチャーミングな巨匠が

沖縄でパン作りをしているらしい先客の青年と

実に楽しそうに天然酵母話などに花を咲かせていました。

きっとこの青年は大嶺工房の器にお似合いのパンを焼くのだろう。

読谷村「やちむんの里」。

くねくねした緑の小道のいちばん奥に静かに佇む大嶺工房。

一人の巨匠と三人の息子さんたちが作りだす器は

「この器に似合う料理を作りたい」、

「パンを焼きたい」、「コーヒーを入れたい」と思わせる

引力の強い沖縄モダン。

実用品であって、実用品を超える存在感があります。

一度見たら忘れられない魅力。

器好きはきっと虜になると思います。

(写真は)

大嶺工房の縁側テラスのコーヒータイム。

ガイドブックには絶対のっていない「秘密カフェ」。

やちむんの神様のおかげで味わえました。

幸せ。