祭り囃子が聞える
「お祭りの最中に、自分だけ家に帰らされるみたいだ・・・」。
日本代表の惨敗ショックをひきずる昨夜の我が家は
おつまみなしのビールで反省会。
祝勝会ならおだって豪勢な料理も作るところですが、1勝もできなかったわけで。
冷たいビールがやたらに苦く感じる。
冒頭の夫の感想に同感。
本当に熱狂の祭典はこれからなのに、
サムライたちは祭囃子を背にブラジルを去らねばならない。
この気持ち、ある夏の日の場面が蘇ります。
私がまだ小学校に上がる前、幼稚園の年中さんくらいの頃。
当時住んでいた家の向かいは町内会館で夏祭りの本部、
朝から窓越しに祭り太鼓や人々のざわめきが聞こえてきます。
「わぁ~、お祭りだ~」、
ワクワクドキドキ、寝てなんかいられずに布団から飛び出して、
窓から祭りの準備の様子を眺めていました。
その日は宵宮、午前中の子供みこし行列に姉と二人で参加、
祭り半纏に豆絞りを頭に巻いたお祭りスタイルに身を包み、
はぐれないように紅白の綱を一生懸命握りながら、
「わっしょい!ピッピ♪(笛の音)、わっしょい!ピッピ♪」と
町内を一周練り歩き、無事に町内会館まで戻ってきました。
ここでお昼休憩、お弁当やおやつをもらって超ゴキゲン、
午後の部に備えてやる気満々だったのですが・・・。
賑わう町内会館に母が迎えに来て、
「範子はここで帰ろうね」と無情の帰国宣告、いや帰宅宣告。
実は午後の部に参加できるのは小学生以上、年齢の壁の前に
あえなくグループリーグ敗退、であります。
茫然としながら母に手を引かれ、向かいの我が家に無念の帰宅。
「ガラガラぴしゃん」と閉められた玄関の戸の向こうからは
みこし行列に出発する祭り囃子が聞えてくる。
どうして、どうして、私だけ取り残されるの・・・
「い~や~だ~!のっちゃんも、お祭りに、行くぅ~!」
わっしょい!ピッピ♪ わっしょい!ピッピ♪と次第に遠ざかる祭囃子。
玄関にしゃがみこみ、追いすがるようにギャン泣きする幼い私を
母と祖母が必死になだめていたことをよ~く覚えています。
「もう少し大きくなったら、あんたも行けるから、ねっ、だから、泣かないの」。
世界が熱狂する祭典の途中で帰国する悔しさ、
子供みこしと比べるのも甚だ申し訳ありませんが、
肌感覚でよ~くわかります。
遠ざかる祭り囃子を背中で聞くほど悔しく切ないことはない。
日本サッカーも「もう少し大きくなったら」
ワールドカップ決勝トーナメントの常連になる。
ベスト8、ベスト4に食い込める日だってきっとくる。
お祭りの途中で肩たたきされる屈辱はもうごめんだ。
もう参加するだけで満足できないくらいに日本サッカーは成長している。
でも、まだまだ、ひ弱なことを思い知った2014年のブラジルだった。
「ものさし作りから見直さくちゃいけない」。
惨敗という現実を受け入れ、
それでもまた「世界一を目指す」と本田選手は言いました。
おこがましいとか恥ずかしいとか言われても
「自分はこういう生き方しかできない」と。
そのために、「ものさし作り」から見直す必要があると。
そうですよね。
ゴールへの執念、決定力、アイデア、緩急のバランス、殺気、そして精神力。
何かがこれまでの「ものさし」に欠けてはいなかっただろうか。
テクニックや器用さや美しいプレーにこだわり過ぎていなかったか。
そうだ。「勝つため」のサッカーに必要な「ものさし」作りから見直そう。
サッカーを応援する側の「ものさし」ももう一度点検ですね。
まずは地元のチームを愛情ある厳しい目で応援し続けること。
子供たちのサッカーを応援してあげること。
まずは、ここから、始めよう。
ロシア大会まで4年しかない。
祭り囃子を背中で聞くのはもうたくさんだ。
祭り囃子の真ん中で丸いボールを蹴るんだ。
日本中の小さな青きサムライたちよ。
君たちの番だよ。
(写真)
傷心のみたらしだんご(笑)。
甘じょっぱい醤油あんが
すこしだけ敗退のショックをやわらげてくれた。
もうすぐ帰国する選手たち、お疲れさまでした。
まずは大好きな日本の味で疲れを癒して下さい。
お醤油の国は両手を広げて、
あなたたちの帰りをまっていますよ。

