月桃の花咲く頃

月桃の白い花が咲く季節、

沖縄の人々は「命どぅ宝」の思いを募らせます。

きょう6月23日は沖縄慰霊の日。

1945年6月23日。

太平洋戦争末期の沖縄戦が終結したとされる日ですが、

久米島への米軍上陸は6月26日、

6月30日に出港した八重山最後の疎開船が銃撃を受け沈没、

本島でも23日以降も戦闘が続いていて、

正式に沖縄戦が終結したのはポツダム宣言受諾よりかなり後の9月7日、

嘉手納での降伏調印式によってとされています。

戦いはあっという間に始まりますが、終わらることの何と困難なことよ。

月桃の花が散っても南の島の痛みは続いていました。

糸満市の摩文仁の丘にある「平和の礎」には

沖縄戦で命を落としたすべての人々の名前が刻まれています。

国籍や軍人、民間人の区別なく記された名前は今年54人が追加され

24万1281人になりました。

群青の海に向かって整然と立ち並ぶ石碑に刻まれた命の重さ。

そのひとつひとつに深く手を合わせる思いで見つめていくと

「・・・・の子」「・・・・の妻」「・・・・の母」「・・・・の一子」など

名前が判明しないまま刻まれている文字に気づきます。

祝福されてこの世に生を受け、

幸せな未来を託した名前を授かったはずなのに、

1945年の月桃の季節に命とともにその名前さえ奪われた人々がいました。

沖縄県は莫大な経費と労力を費やして氏名不詳者の追跡を行いましたが、

戦災で戸籍が焼失していたりと、

300人余りの人生が名前のわからないまま石碑に刻まれています。

「・・・・の子」。

刻まれた文字を実際に目にしたとき、

胸がつぶれるとはこのことかと思いました。

戦争は、この世にひとつの、名前さえも奪うのです。

せめてもの救いは旧町村別に刻まれていること。

親や家族、親戚、ご近所のおじい、おばあ、おじちゃん、おばちゃん、

同じ集落に暮らしていた人々ともに群青の海を見つめています。

今年も月桃の白い花の季節がやってきました。

その青々した葉に包まれたお餅「ムーチー」は

子供たちの健やかな成長を願って作られ、

年の数だけつなげて軒先にぶら下げたといいます。

摩文仁の丘にも届くだろうか。

体の中を吹きぬけていくような清涼な月桃のあの香り。

甘くスパイシーでエキゾチックな香りとともに

記憶のひだにしっかり刻みこんでおこう。

海の向こうから軍隊がやってきたあの夏のこと。

失われた命と名前のこと。

6月23日。

沖縄ではきょう正午黙祷が捧げられます。

69年目の月桃の花咲く季節です。

(写真は)

美しい藍色の海に向かって並ぶ命の記録。

平和の礎。

きょうは慰霊の花の香りに包まれます。