阿吽な玉子焼き

豆大福もあなご寿司も夕焼け色の佃煮も仕入れた。

さあ、大賑わいの谷中に別れを告げて、

皐月のぶらり江戸散歩も終わりが近づいてきました。

日暮里駅からJR山手線で有楽町まで戻りましょう。

連休中の日曜日、車内の空気は混雑していてもやはりどこかゆるい。

休日はラッシュも許せる心の余裕があるようです。

4時間ほどの谷根千散歩を終えて有楽町駅に着いたのが午後2時。

ああ、やっぱりお腹がすいたよ~。

谷中「すし乃池」の行列に打ちのめされ(笑)、お昼ごはん、まだですもの。

帰りの飛行機の時間までまだ余裕があります。

よし、ホテルへ荷物を取りに戻る前に銀座で腹ごしらえといきますか。

連休の日曜日の遅い昼ごはん・・・ここは蕎麦だな。

銀座でいい感じの蕎麦屋さん・・・。

ここは7丁目の「よし田」でしょう。

蕎麦屋ならではの焼き鳥に玉子焼きに冷え冷えのビールが手招きする。

ああ、喉が鳴る。

いそいそと歩き始めながら、スマホで営業時間を一応チェック。

ガ~ン・・・日曜日は休み・・・。

ならば東銀座の「木挽町砂場」は・・・何とここも日曜日は定休日。

そうだった。銀座は意外に蕎麦屋の選択肢がそう多くなく、

しかも日曜日休みの店が多いのでありました。

どうしよう・・・。

空きっ腹をかかえて銀座の裏通りで茫然。

この中途半端な時間に可哀そうな旅人を迎え入れてくれる店など・・・

あった、あった、以前「ペニンシュラ東京」のコンシェルジュのお姉さんが

「私も好きでよく通ってます」と教えてくれた感じのいい蕎麦屋さんがあった。

ここからそう遠くないはず。

並木通りの一本裏側、ソニービルとエルメスの間の道を新橋方向へ。

あった、あった、こざっぱりした店構えに清らかな暖簾が見える。

「明月庵ぎんざ田中屋」であります。

しかし、店の前に女性が二人ほど並んでいる。ここも、まさかの行列?

連休真ん中の日曜日の銀ブラ、

遅い昼ごはんに軽く蕎麦でもと思うのは私だけではないのですな。

しかし先客はアパレル関係のお仕事風のお洒落なお姉さん二人組だけ、

何てたって蕎麦だもの、そう長く待たずに済むだろうと覚悟を決めて、

滅多に並ばない私もその後ろに大人しくつくことにします。

銀座の裏通りに3人だけの小さな行列ができる。

「えっ?まさか?並んでるの?」

初老のご夫婦に白髪の老紳士、後からふらりとやってきたお客さんが

一様に同じ反応をするのが面白い。

気軽に蕎麦を楽しめるおなじみのお店で、まさか行列とはね。

連休は侮れない。

私も同感であります(笑)

実はきれいなお姉さんの前に店内で待っているお客さんもいて

10分ほど待たされるもようやく店内へ。

一階にはテーブル席が10席ほど、二階もあるらしい。

既に上品な装いの先客たちが蕎麦と昼酒を楽しんでいました。

お隣は銀髪の老婦人と年若い女性の友人の二人連れ、

向かい側には休日ジャケットを粋に着こなした老紳士が

日曜版片手に蕎麦を待ちながら日本酒を静かに嗜んでいます。

怖~い蕎麦道場的な威圧感はいっさいなし。

小綺麗でいながら気どらない、

銀座の町場の蕎麦屋さんといった風情が実に居心地が良い。

清潔なテーブル席につき、ほっと一息ついてお品書きを眺め、

白い上っ張りもきりりとしたお店のお兄さんに

「えっと、ビールと玉子焼き、それから、せいろ一枚ね」とさくさく注文。

「はいっ!お蕎麦は声かけて下さいね。すぐお持ちしますから」。

ああ、この呼吸だ。

お客さんの食べたい飲みたい安らぎたいリズムを心得た対応。

「ビールは先にお持ちしますか」とか「お蕎麦もご一緒ですか」とか

そんな野暮な声はかけない。

初夏の遅昼どきにやってきた一人客がビールと玉子焼きとせいろを注文、

まずは冷たいビールで喉を潤し、しばし玉子焼きで放心したいのだ。

蕎麦は至福の放心のその後に決まってる。

「初対面なのに、どうして、私の欲求が、すぐわかるの・・・」

銀座の蕎麦屋のお兄さんに一瞬惚れそうになる。

やばい、相当、お腹がすいている。

慣れない行列(たった10分だけど)の後、注文も無事完了、

心おきなく蕎麦を楽しむために、ちょっとお手洗いへ立つ。

おっと、あいにく先客がおられるようで、ここでもしばし待つ。

このわずかの待ち時間が妙に長く感じる。

だって、こうしてる間に私の生ビールが来ちゃうかもしれないでしょ、

泡が消えちゃうかも、ああ、私の生ビール~。

まったく意地汚い葛藤と戦いながら、そそくさと席へ戻ると、

ほっ。まだビールは来ていない。

「良かった~」とにたにたしながら席に座ってほどなく、

「お待たせしました、生ビールです」

まさに絶妙な間合いで注ぎたて真珠色の泡も美しいグラスが運ばれてきた。

中座したことをさりげなくキャッチし、

席に戻った頃合いをみてこれまたさりげなく運ぶ心遣いが憎い。

お客が飲みたいタイミングを決してはずさない蕎麦屋の「おもてなし」。

かといって店内を店の人がうろうろして始終気配を伺っているのではない。

お勘定場の向こうの厨房からはかすかに活気が伝わってくるが、

いったいどこでそれぞれのお客の呼吸をとらえているのか。

心地よいリズムで店とお客がまさに阿吽の呼吸を繰り返す。

こんなストレスフリーの蕎麦屋さんは貴重だ。

ビールに添えられた蕎麦味噌の旨みが一層際立つ。

気持ちの良い蕎麦屋さんに出会うたびに

日本酒の飲めない己の不幸を呪いたくなる(笑)。

ビールとふわふわ焼きたての玉子焼きを頬張ればもう満腹寸前。

これ以上ビールをおかわりすれば、せいろが入らなくなる。

日本酒が飲めれば、もっともっと、とろとろたらたら、

蕎麦屋で一杯を楽しめるのにな~。

おっと、いつまでも腰を据えていては飛行機が飛び立ってしまう。

すっきり上品な石臼挽き手打ち蕎麦のせいろをささっとたぐって、

お勘定をすませて、日比谷のホテルに戻りましょう。

え~っと、その前に銀座ウェストで

大好きなロシアケーキも買っていこう。

銀座の柳が初々しい新緑に輝く初夏。

たくさんの美味しい記憶をおみやに家路につく。

札幌の白樺のご機嫌はいかがなものだろう。

花粉の歓迎は遠慮したい(笑)。

(写真は)

藍の皿にはみだしそうな玉子焼きの黄色が美しい。

ふっくら焼きたての玉子焼きにお箸を入れる瞬間、

何かいけないことをしているような一瞬の背徳感がたまらない(笑)。

ふわふわの柔肌はほんのり甘く、だしの香りが鼻腔に広がる。

最後の晩餐リストに「蕎麦屋の玉子焼き」は入れておきたい。

あ、蕎麦味噌つきの生ビールも。