甘い迷子

皐月江戸散歩。

本日は浅草甘味処をまわりましょう。

浅草散歩に欠かせないのが甘いもん。

泣く子も左党のおじさんも思わずにんまり笑顔になるお店といえば

浅草甘味処の不動のツートップ「梅園」と「梅むら」。

梅つながりの店名も風雅な老舗であります。

雷門から仲見世通りに入り、少し進んで左に一筋外れた処にあるのが「梅園」。

1854年安政元年創業の老舗。

浅草寺梅音院の一隅を借り受け、茶店を開いたのがはじまりとか。

名物は「粟ぜんさい」。

蒸したもちきびを五分づきにした薄黄色のぽってりしたお餅に

これまたぽってり練りあげたこしあんをたっぷりとおしげなくかけた芸術品。

きびもちとこしあんの「ぽってり」協奏曲はこの世の極楽であります。

はじめて食べた時、人生最後の晩餐のデザートはこれにしようと決めたほど。

しかし、今回は、昨日の記述の通り、連休の大行列の前に、無念の撤退。

荷風さんの気持ちがよくわかりました。

浅草好きで知られる文人永井荷風の「踊り子」(昭和21年)には

「梅園でお汁粉を食べようとしたが、満員で入れないので」

というくだりがあります。

作品に記すくらいですから、荷風さんも同じような経験をしたのでしょう。

「梅園♪お汁粉♪梅園♪お汁粉♪~」と

浮き浮き気分で仲見世折れたらお店は満員(涙)

荷風さんはお汁粉でしたか、私は粟ぜんざいが夢と消えましたよ。

浅草甘味散歩、ひょんなことで文人に親近感を覚える。

これも小説の「味わい」方のひとつであります(笑)。

「梅園」のリベンジは梅つながりの「梅むら」で。

浅草寺の煙と喧騒の境内を通り抜けて、言問通りを渡ると、

静かないつも通りの下町風情が待っていました。

浅草寺病院の前の横断歩道を渡り、

よしむと浅草花月の角から一本入った観音裏の小さな筋道に

目指す小さな甘味処1968年創業の「梅むら」はありました。

店の前には新緑の若葉が清々しい鉢植えが並べられ、

その前を自転車のおじいさんが通り過ぎ、

向こうの路地ではエプロン姿のおばさんが庭先で水やりをしています。

愛すべき普段着の素顔の浅草路地裏であります。

初夏の日差しから逃れるように暖簾をくぐると「いらっしゃい」、

30代くらいの若主人と奥さんらしき二人が静かに迎えてくれました。

小さなカウンターと小上がりだけ、10人も入ればいっぱいの店内には

お散歩途中のシニア夫婦が一組だけ。

ようやく連休の大行列から逃れた幸福感に浸ります。

小上がりに腰を落ち着けると、迷わず注文、「豆かん、下さい」。

ここの看板メニューは「豆かん」。

寒天と赤えんどう豆と黒蜜だけの至極シンプルな逸品。

豆と寒天だけだから「豆かん」、名前までも潔い。

「おまちどうさま、豆かんです」。

目の前にあらわれたのは水墨画のようなモノトーンの一品。

「粋」とはこのことか。

半透明の寒天の上一面に豆だけがぎっしりと隙間なく載せられている。

艶々と黒光りする豆はふっくらと柔らかく、ほくほく。

歯をたてることなく舌だけでつぶれそうな絶妙な炊き加減。

生の天草から作られた寒天も風味豊かで

お好みで量を加減できる黒蜜もかすかな酸味が

混じり気なしの純粋さをそっと物語ります。

豆と寒天と黒蜜の三位一体。

「豆かん」は完全無欠の宇宙だ。

「果物はいらないから、豆だけでやっておくれよ」。

およそ50年前、初代の主人が常連の男性客にリクエストされて

作り始めたのがこの「豆かん」。

あんみつやクリームあんみつなどしゃらくさい。

さくらんぼの種を出すのもどうにもまだるっこしい。

そんな旦那衆の趣味にぴったり応えた、

大人のための究極の甘味なのでありましょう。

そういえば亡くなった父も

苺やさくらんぼなど小さな果物が苦手だった。

緑のへたをとったり、小さな種を出すのが面倒くさかったのか、

今ほど甘くなかった小さな果物たちの酸味が苦手だったのか。

それとも赤くて小さくて可愛い果物にちょっと照れていたのか。

きっとそうだ。昔の男たちは照れくさかったんだ。

大の男が色とりどりのあんみつを前に

「ミカンからいくべきか、あんこからいくか、いやいや底の寒天からか・・・」

なんていちいち思案している自分の胸のうちを

甘味処の隣席の女性客などに気取られるのが、

きっと気恥ずかしかったのにちがいない。

「豆かん」は大人の含羞の味がする。

浅草観音裏「梅むら」の「豆かん」。

安岡章太郎はこれを買いにわざわざ浅草を訪れたというし、

その安岡から「豆かん」の旨さを聞いた吉行淳之介も好物だったらしい。

ちょっと照れ屋の作家さんによく似合う、

潔さが身上の大人の甘味。

少し迷子になるのを楽しみながら

路地裏を散歩して行きつくのが理想のお店です。

(写真は)

シンプル・イズ・ザ・大人。

「豆かん」の佇まいと美味さは

お子ちゃまにはわからない(笑)。

迷っても行く価値のある甘味です。