名残菓子

昨日の五月の嵐が夏を連れてきました。

ベランダの洗濯物も吹き飛びそうな強風に驚きましたが、

今朝は昇るお日さまとともに気温もぐんぐん上昇の予感。

札幌の予想最高気温は23度とか。

窓を開けると・・・あ、夏の匂いがする。

今週はこれから気温の高い日が続きそうです。

UV対策も本格始動ですね。

皐月のぶらり江戸散歩で仕入れてきたきんつばや松風などなど

東京の下町和菓子軍団のストックも切れた頃、

あんこの神様のはからいか、

今度は名古屋方面に旅した母からお土産の和菓子が届きました。

泣く子も黙る(笑)「赤福」の大箱!と「八丁味噌煎餅」と「安永餅」。

「赤福」は説明不要、「八丁味噌煎餅」紹介は後日に譲るとして、

和菓子フリークもお初にお目にかかる「安永餅」が気になります。

小豆餡入りの細長~いお餅。

手に取ると実に柔らかな感触で

薄く平たく本当に細長いユニークな形をしています。

やすながもち?あんえいもち?そもそも読み方からわからない。

正解は寛永11年(1634年)創業の

安永屋の代表的銘菓「安永餅(やすながもち」。

東海道五十三次随一の宿場として栄えた桑名宿の名物で

諸大名の参勤交代やお伊勢参りの旅人などに広く親しまれてきたそうです。

古今東西、人が動くと名物菓子が生まれる。

旅とお菓子はきってもきれない縁があります。

この平たく細長いユニークな形も

旅人が歩きながらでもぱくりと食べやすく、

持ち運びもしやすいように生まれたのかもしれません。

最初から平たく作れば、お餅がつぶれる心配もご無用ですものね。

「安永餅」はこのビジュアルから

当時は「牛の舌もち」とも称されていたそうです。

確かにね(笑)。ぺろんとした形は牛の舌にも似てなくもない。

もちろん実際の安永餅はずっと上品で美しい見た目ですが。

お菓子の名前の響きから甘い時間旅行ができます。

街道脇の緑の田畑で牛がのんびりと草を食む。

「牛の舌もち」と聞くだけで

東海道を行く旅人に目に映ったであろうのどかな風景が目に浮かびます。

そういえば・・・ほかにも「亥の子餅」「鶉餅」なんてお菓子もありますね~。

和菓子のモチーフには植物だけでなく動物たちもたくさん使われています。

初夏には鮎、鰹や鯉、秋にはうさぎ、おめでたい鶴や亀、海老に鯛。

日本人は身近な動物たちへの愛情をお菓子に込めてきました。

雀や水鳥、蛍に蝶、日常的な小さな生き物へも優しい観察眼を注ぎ、

甘いお菓子に仕立ててきたのです。

そんな自然を写し取ってきた動物モチーフの和菓子を探っているうちに

ひとつのお菓子の名前に、はたと調べる手が止まりました。

「鯨餅」。

古来から日本人の生活にはなくてはならなかった鯨。

肉は食用、脂肪は油に、骨や髭は工芸材など

余すことなく利用されてきました。

江戸時代には鯨の黒い皮と白い脂肪層を見たてた「鯨餅」が作られ、

古い資料にその名や形を見ることができます。

白地の生地の上に墨や昆布などで黒く染めた

外郎のような蒸し菓子だったようですが、

北前船ルートで北へ渡り、米粉で作る白黒の「くじらもち」から

同じような配色の(笑)「べこもち」が生まれたとも。

鯨とホルスタインの意外な関係もさることながら

子供の大好きな日常的なお菓子に仕立てるほど

巨大な鯨は日常的な動物だったということですね。

捕鯨問題が国際的な注目を集める現代、

日々の食卓に鯨が上ることはほとんどありません。

だからこそ、「鯨餅」、甘いお菓子の名前がいとしくてたまらない。

お菓子の名前に歴史あり。

菓子箱に添えられた小さな栞は貴重な語り部。

和菓子はある時代の名残をとどめる甘い記憶でもあるのです。

さて、緑茶でも入れて

牛の舌のようにぺろ~んと細長い安永餅、

いただくとしますか。

(写真は)

ほんのり焦げ目も香ばしそうな「安永餅」。

小さなおちょぼ口にも食べやすい形。

当時の女子たちにも人気だったに違いない。

手に持って歩き食べも楽しそう。

ま、江戸版チュロスってところか。